『列島創世記』2008-02-11

2008/02/10 當山日出夫

小学館の「日本の歴史」シリーズの第1巻である。出たのは昨年であるが、ようやく、今になって読めた。すでに第2巻が出ている。第2巻は、『日本の原像』として、著者は、平川南。このあたり、かなり意図的な編集であることがわかる。日本にとって、文字とは、そして、言語(日本語)とは……という問いかけが見える。

松木武彦.『列島創世記』(日本の歴史 1).小学館.2007

以下、あえて、批判的な視点から書いてみる。この本が、「認知考古学」という、きわめて斬新な視点で書かれていることは、十分に承知のうえで、「ことば」の視点から考えてみたいのである。

この著者であれば、かならず読んでいるはずであろう。『日本語の歴史』(亀井孝ほか、平凡社ライブラリー)を、知らないはずはない(と、思う。)そして、日本語学(あるいは、国語学)を専門とする私の目で、この『列島創世記』を読んで、気づいた点がひとつある。

それは、「日本語」ということば(用語)を使っていないことである。これは、おそらく意図的に使用を避けたと思う。「言葉」という用語も、きわめて限定的に使っている。使用例は、少ない。

可能な限り「ことば(言葉)」を使わないように書いたといっても、どうしても使わざるを得なかったとおぼしき箇所がある。

時には言葉の壁を越えて交渉を乗り切るための人材や(p.259)

そこの人びとと会話し(言葉は通じなかったかもしれないが)、交渉し(p.240)

気がついた範囲では、これぐらいであろうか。(その気になって再読すれば、もうちょっと見つかるかもしれないが。)

だが、その一方で、「文字(無文字)」ということには、徹底的にこだわっている。文字を持たない社会におけるコミュニケーションの様相が、この本の主眼点のひとつであることは、容易に読み取れる。

だが、そのことを

人口の増加に伴うコミュニケーションの複雑化などによって(p.241)

とだけで、すませてしまうのはどうであろうか。そのゆえの、巨大なモニュメントや、土器などの「凝り」であったりする。だが、その複雑なコミュニケーションにおける「ことは」の役割とはいったいどんなものであったのだろうか。

あえていうならば、「無文字」ということと「無言語」ということは、違う。まず、このことの概念を明確にした上で、無文字社会については、論じなければならない。あるいは、このことは、「認知考古学」では当たり前だから書いていないのであろうか。しかし、この小学館の日本の歴史シリーズは、一般向けの本である。

古墳時代以前の日本が「無文字」であったことは、よくわかる。であるとして、では、どのようにして、コミュニケーションしていたのか。人間と人間とのコミュニケーションの手段なくして、人間の社会はなりたたない。そこに、「ことば」は、どのような意味をもっていたのか。「ことば」に触れずに「無文字」であったことのみを強調しても、そこには空虚さのみが残る。

たしかに、「ことば」を「日本語」と規定してしまうことは難しい。また、「日本語」と規定してしまえば、そこに、「民族」の概念が入り込む。それは、安易に「日本人」にすり替わってしまう。このことは、わかる。だが、このことについて、強いて避けるならば、その避ける理由を説明すべきではなかろうか。少なくとも、全体のうち一つの章ぐらいは、「ことば」「日本語」「日本人」そして「無文字」、コミュニケーションと社会、これらの用語・概念をめぐる議論につかうべきであろう。わからなければ、わからないと、書けばよいのである。

認知考古学では、「ことば」のことは問題にしないのである、という方針であるならば、そのことは明記しておくべきではないか。かつて、言語学の世界においては、言語の起源は研究対象としない……と、されていた時代もあったのだから。

率直なところ、読後感として、著者の意欲は感じるが、しかし、学問的な空虚感も感じずにはいられない本である。これが、正直な感想である。別に、意図的に批判しているわけではない。「ことば」と「文字」に関心のある人間の読んだ率直な感想としてである。

あるいは、この問題は、つぎの第2巻にまわす、ということであるのだろうか。この小学館のシリーズには、つきあわざるをえないと思う。また、これは、日本史・考古学(認知考古学)の課題であると同時に、日本語学・言語学の課題でもあることを、確認しておきたい。

くりかえしになるが確認しておきたい。私は、この本で、「ことば」のことが等閑視されていることを批判しているのではない。なぜ、「認知考古学」においては「ことば」をあえて無視するのか、この点についての、積極的な理由説明が必要であると思うのである。

當山日出夫(とうやまひでお)

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