『小説東京帝国大学』2008-03-28

2008/03/28 當山日出夫

『小説東京帝国大学』(松本清張)が、ちくま文庫で出たので、さっそく買っ て、読み始めたら、面白いのでいっきに読んでしまった。

東大については、近年の本では、『天皇と東大』(立花隆)がある。やや地味 なところで、『東京大学の歴史』(寺崎昌男)、『京都帝国大学の挑戦』(潮 木守一)、などがある。

この『小説東京帝国大学』(松本清張)を読むなら、少なくとも、『天皇と東 大』(立花隆)は、読むべきである。松本清張があつかった南北朝正閏論は、 立花隆が、描いた、天皇機関説問題へと、つながっている。

松本清張は、あくまでも、「小説」として書いている。だが、誰が主人公で、 どのようなストーリーで、という類の小説ではない。強いていえば、「東京帝 国大学」そのものが主人公である小説、ということになる。

主に明治の後期におこった事件を軸に描いている。その一つは、「哲学館事 件」(哲学館は、現在の東洋大学)、ここでおこった倫理学の教科書、ムイア ヘッドの『倫理学』の訳本、その解釈をめぐる事件。

下巻の方の中心は、国定教科書における、南北朝正閏論。室町時代の初期、朝 廷が南朝・北朝、に分裂した時期があったが、そのどちらを、「正統」なもの とみなすかの議論。

これらの事件を通じて問題となっているのが、「天皇」の絶対性。

また、一方で、「帝国大学」が国家のための大学であること(そのようになら ざるをえないこと)と、学問の自由、大学の自治をめぐる問題が、織り込まれ ている。

そういえば、昔、学生のころ、ある先生がこう言っていた……むかし、『長慶 天皇即位の研究』という本があった。実際に、長慶天皇(南朝)が、即位して 天皇の地位にあったかどうかの研究。かつては、このようなことを研究するの が、歴史学であった時代もあった。このことについては、後で、図書館に行っ て、実際に、その本を見て確かめた記憶がある。

松本清張は、徹底的に在野の人であり、官につくことはなかった。『小説東京 帝国大学』あくまでも、野(あるいは民というべきか)の視点から描いてある。 文庫(ちくま文庫版)の解説は、成田龍一であるが、以下のように記している。

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(松本清張は)アカデミズムの歴史学への厳しい批判が、しばしば歴史学者を たじろがせたが、清張を無視しては、戦後日本の歴史学は語れないであろう。 大方の歴史学者は、清張を歴史家として扱ってこなかったが、清張は常に、歴 史学を批判しながら歴史を探究し、歴史像を提供していった。

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少なくとも現在の時点では、司馬遼太郎は、小説家として扱いながらも、その 歴史観については、歴史学研究の対象となり得ている。その代表が、『坂の上 の雲』であろう。では、松本清張はどうか……今後の日本の歴史学のあり方が ひとつの事例にはなるかと思う。

松本清張.『小説東京帝国大学 上・下』(ちくま文庫).筑摩書房.200 8.(原著の刊行は、1969.新潮社)

當山日出夫(とうやまひでお)