会田弘継『追跡・アメリカの思想家たち』夏目漱石『こころ』2016-08-24

2016-08-24 當山日出夫

会田弘継.『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』(中公文庫).中央公論新社.2016 (原著、新潮社.2008 文庫化にあたり加筆。)
http://www.chuko.co.jp/bunko/2016/07/206273.html

この本、例によって、あとがきの方から先によんでみた。本編は、それとして非常に興味深いのだが、ここでは、最終章(エピローグ)についてふれてみたい。このエピローグは、文庫版にあたって加筆された箇所でもある。「戦後アメリカ思想史を貫いた漱石『こころ』」とある。

夏目漱石の『こころ』、日本では、定番の国語教材であり、生徒・学生にとって「読書感想文」で読むことになる本、というイメージが強い。また、漱石の作品のなかでも、特に人気のある作品のひとつであろう。その連載100年を記念して、朝日新聞が、再連載したのはつい近年のことでもある。

その『こころ』(”Kokoro”)を訳したのは、エドウィン・マクレラン。今では、アメリカでは、「政治経済を含め日本学を修める学生の最初の課題図書のひとつになっている」とある。

ここで『こころ』に関連して登場する人物は、
フリードリヒ・A・ハイエク(経済学者)
ラッセル・カーク(戦後アメリカの保守思想家、本書に詳しい。)
エドウィン・マクレラン(アメリカの日本文学研究者)
そして、
江藤淳
である。

まず、アメリカの保守主義者であるカークは、こう述べている。日本の保守主義の背景として、

「「日本は次々と欧米風の仮面をつけていく。真剣なのかもしれないが、それらは次々と脱ぎ捨てられてもいく。仮面の裏には古い日本の特質が生きている。今日の欧米風の物質主義と技術主義は永遠には続かない。」」(p.259)

そして、漱石の『こころ』に言及していく。

マクレランは、英国人(スコットランド)の父と日本人の母との間に、1925年、神戸で生まれた。太平洋戦争中は、軍務(米軍)につくが、その後、大学にもどる。そして、シカゴ大学のハイエクのもとにおもむくことになる。そして、ハイエクのもとで勉強しながら、同時にデイビッド・グリーン(ギリシャ古典文学)にも接する。そんな彼が、博士論文のテーマに選んだのが、漱石の『こころ』であった。そして、漱石『こころ』の翻訳は、「知のるつぼ」であったシカゴ大学の社会思想委員会のなかに放り込まれることになる。

ときをほぼ同じくして、日本でも、若き俊英が漱石論を書く。若き日の江藤淳である。『夏目漱石』である。その後、江藤淳は、アメリカにわたり、『こころ』の訳者・マクレランと出会い、終生の親交をむすぶことになる。

そのマクレランは、一方で、ハイエクのもとで、その著作のリライト(英文として)をおこなっていた。

このような経緯を著者は次のようにまとめている。

「(ハイエクの)名前と、英語世界における最高の漱石学者マクレランを結びつけるハイエク学徒は果たしているだろうか。日本文学研究者にとってはハイエクは無縁であり、ハイエク研究者にとっては日本文学も同様だろう。マクレランをハイエクにつないだラッセル・カークとなれば、日本文学研究者にはさらに縁がない。」(p.275)

そして、その後、この本は、日本における江藤淳の足取りを、(その最後まで)追っていく。これはこれとして、江藤淳論として読める内容のものになっている。

私の認識としては、アメリカで漱石は翻訳で読まれている本としてあるだろう、ぐらいのつもりでいたのが正直なところである。戦後アメリカにおける、漱石の受容にハイエクやカークのような学者がかかわっていたとは、まったく知らなかった。そして、アメリカで、漱石が重要な日本文学作品として読まれていることも。

この本『追跡・アメリカの思想家たち』は、現代アメリカ思想についての概説書として書かれた本であるが、この最終章(エピローグ)は、本書を読み終えた後で、再読してみると、感慨深いものがある。知と文学のドラマのようなものを感じるといえばいいだろうか。漱石の『こころ』が、アメリカで読まれているとして、その理解はどのようなものであるのか、これは気になるところである。

この意味では、次の人脈は興味深い。ケビン・ドウク(ジョージタウン大教授)は、シカゴ大学でマクレランの孫弟子にあたるとある。そのイェール大学での教え子の一人が、水村美苗であるという。つまり、はるばるアメリカを経由して、漱石をはじめとする日本文学理解が、現代日本文学に、ある意味でつながっていることになる。

追記 2016-08-27
この続きとして、フランシス・フクヤマについては、
会田弘継『追跡・アメリカの思想家たち』フランシス・フクヤマ
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/27/8163682

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