半藤一利『B面昭和史 1926-1945』2016-09-16

2016-09-16 當山日出夫

半藤一利.『B面昭和史 1926-1945』.平凡社.2016
http://www.heibonsha.co.jp/book/b214434.html

この本は、細かなことをみれば、今年(2016)の二月の刊行。加藤陽子の『戦争まで-歴史を決めた交渉と日本の失敗-』は八月の刊行。

加藤陽子が、半藤一利のこの本を知らないで書いたとは思えない。だからであろうか、「尾崎秀実と天皇の国民観」として、一般市民の感覚を歴史的に研究することについて書いているのは……そのように、思いたくなってしまう。

やまもも書斎記 2016年9月13日
加藤陽子『戦争まで-歴史を決めた交渉と日本の失敗-』国民観
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/09/13/8184222

やまもも書斎記 2016年9月12日
加藤陽子『戦争まで-歴史を決めた交渉と日本の失敗-』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/09/12/8182853

で、この本『B面昭和史』は、昭和戦前の歴史について、政治・軍事・外交などをA面の歴史とするならば、一般庶民の暮らし・生活感覚などをB面としてとらえて、その変遷をたどったものである。では、これは、歴史書なのであろうか、ということになると、ちょっと微妙な気がする。確かに歴史について書かれた本には違いないが、歴史書というのには、いささか抵抗がある。

歴史書として書くならば、民衆史・大衆史とでもいうべき方向になるのだろうか。そのような観点からみると、この本、面白く書けてはいるのだが、問題がないわけではない。それは、史料のあつかいかた、視点のおきかたあるのだろう。次の二点である。

第一に、史料のあつかいかたである。たしかにこの本を読めば、記述してあることのほとんどは、一次史料にさかのぼって確認できることを基本としてある。当時の新聞や雑誌、流行歌などである。だが、それを網羅的に調べて史料批判の眼を通しているかというとそうでもない。歴史書であるためには、ある一定の範囲の史料について網羅性、そしてその史料批判が必須である。

第二に、上記のこととの関連で、基本的に、著者の個人史の視点から描かれている。著者(半藤一利)は、1930(昭和5)年の生まれとある。であるならば、昭和戦前の歴史は、記憶に残っている範囲であろう。すくなくとも、日中戦争以降については、なにがしかの体験があるはずである。だが、それも、あくまでも著者の視点(東京生まれ)に限定される。東京以外の地方の視点からというのは、基本的にあつかわれていない。つまり、史料批判の視点があまりないということになる。

以上の二点を考えると、この本を歴史書というのは、はばかられる。だが、歴史と無関係かというとそうでもない。このあたりの機微をついて、著者が自らを「歴史探偵」と言うこととつながっていくのかもしれない。

大学などで歴史学として、昭和の歴史を勉強しようという学生にとっては、この本は、おそらく必読書のひとつになっていいと思う。だが、だからといって、この本に書いてあることをそのまま信用していいかとなると、そうはいかないだろう。さらに原典・一次史料にさかのぼって、史料批判の眼を加えなければならない。

とはいえ、その研究の手がかり、出発点を提供してくれる本としては、まさに格好の本といえそうである。

歴史……昭和史……といっても、なにも政治・軍事・外交ばかりが歴史であるわけはない。一般庶民、市民、国民、がどのように感じてその時代をすごしてきたのか。その当時の歴史のなかにあって、特に戦争というものをどのようにとらえてきたのか、これはこれとして、きわめて重要な研究課題である。

これを考えるには、実は、あまりにも史料が膨大であるというのが、問題なのかもしれない。しかも、昭和戦前のことなら、まだ、体験として覚えている人がたくさんいる。

このような状況にあって、昭和史のある側面を個人史を軸にして、描き出したこの本は、貴重なものといえるかもしれない。歴史書ではないかもしれないが、歴史とはなんであるかを考えるうえでは、軽視できない性質の本だと思う。

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