A・ルースルンド、S・トゥンベリ『熊と踊れ』2016-12-30

2016-12-30 當山日出夫

アンデシュ・ルースルンド、ステファン・トゥンベリ ヘレンハルメ美穂、羽根由(訳).『熊と踊れ』(上・下)(ハヤカワ・ミステリ文庫).早川書房.2016
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今年のミステリ(海外)のベストの作品である。出たときに、どうしようかなあと思って買わずにいたのだが、やはり買って読んでみることにした。で、この作品は、読んで正解であった。今年のベストに選ばれるだけのことはある。

基本的にこの作品を構成する要素は、次の二つ。

第一には、犯罪であり、暴力である。北欧スウェーデンで実際にあった事件(銀行強盗など)を、その事件の内側から描写している。なぜ、このような作品が可能であったかは、この本の解説に書いてあるのだが、まさに、当事者の内側の視点からの犯罪小説である。それも、ノンフィクションといってもよい性格をもっている。もちろん、実際に起こった事件とは、換骨奪胎して、再構成したものではあるのだが。

第二には、家族、兄弟、父と子、の物語である。その希有な犯罪をおこしたのは、ひとつの「家族」といってよい。その生いたち、成長、反目、そして、絆が、この作品の一つの軸になっている。

このようなこと、犯罪小説として白眉の作であり、また、家族の物語であることは、すでに、他のHPなどでも書かれていることである。特に、ここで、私が付け加えるほどのこともないと思う。何よりも、実際に読んでみれば、その圧倒的な迫力に、こんなすごい物語があり得たのかとおどろく。

以上の二つのことが、この作品の骨格を形成している。

そして、蛇足的につけくわえるならば、これは、犯罪小説であると同時に、「本格ミステリ」の要素もあるということ。(まあ、これは書いてもいいだろうと思うのだが)結局、この犯罪は露見し、逮捕されるということになる。犯人がつかまった後、その全貌が明らかになった後に、その「事実」を解体して再構成して「フィクション」として描いたのが本書ということになる。その観点から読んで、ラスト近く、なぜ捕まることになったのか、これは、犯人たちのある「ミス」が原因である。その「ミス」さえおこさなければ、うまく逃げおおせて別の展開になったかもしれない。その決定的「ミス」の背景が、この作品では、うまく伏線として描かれている。ただ、その伏線としてだけではなく、作品のストーリー、そして、作品をなりたたせる重要な要素として溶け込んで記述されている。これは、巧いと思った。

今年のミステリのベストに選ばれるだけの作品であると思う。読む価値はある。