『天子蒙塵』(第一巻)浅田次郎2017-01-04

2017-01-04 當山日出夫

浅田次郎.『天子蒙塵』(第一巻).講談社.2016
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062201940

この作品には、著者(浅田次郎)がインタビューにこたえる特設HPがある。
http://news.kodansha.co.jp/20161027_b01

これは、『蒼穹の昴』シリーズの、第五作目ということになる。第一巻を読んだ限りの印象であるが、このシリーズ、だんだんつまらなくなってきている気がする、正直なところ。

作品としてもっとも完成度が高いのは、『珍妃の井戸』だと、私は思う。謎の死をとげた珍妃、その真相をめぐる連作短編。一作ごとに、真相に近づいていく。しかし、その最後に明らかになった真相とは・・・と、最後まで読者をひきつける小説としてのうまさ、構成力は、これはたいしたものだと思ったものである。(読んだのは、もうかなり前になるので、印象で憶えているだけだが。)

『天子蒙塵』、この第一巻は、「かたり」でなりたっている。かたっているのは、清朝最後の皇帝である溥儀の妃(側室)・文繍。日本人の新聞記者相手に、自分の半生、特に、溥儀との関係、そして、離婚にいたる経緯をかたる。時代的背景としては、張作霖の死から、満州国建国ぐらいまで。

この作品、はたして、溥儀を描こうとしているのだろうか。満州国について語ることになるのか。(まだ、第二巻を読んでいないので、なんともいえないが。)

辛亥革命の後の中国。そのなかで、なお清朝復辟を願う遺臣たち。溥儀とその妃たち。この物語(第一巻)は、いわゆる側室の立場にあった文繍が、離婚するまでを描いている。だが、そこに、たしかに、時代的背景として、当時の日本、中国、そして、溥儀がでてくるのだが、私の読んだ印象としては、どうも、いまひとつその輪郭が明瞭ではない。「かたり」の背景に、かすんでいる。

上記の、『天子蒙塵』の特設HPを読むかぎり、この作品は、満州国、それから、張学良、さらには、西安事件を描くことになるらしい。第二巻以降に期待して読むことにする。

しかし、なぜ、このシリーズ、最初の『蒼穹の昴』では架空の人物(梁文秀)を主人公にしていたのに、作品が新しくなるにしたがって、歴史的事実に近いところに視点を設定するようになっているのだろう。小説としては、架空の人物を設定することによって、自在に、歴史のなかをかけめぐる方が面白い。

たぶん、それは、近現代の日本と中国との関係を、いくら小説とはいえ、架空の人物の視点では描けないという、著者の判断があったのかもしれない。(かりに、文繍と溥儀の離婚ということを描くにしても、その文繍自身にかたらせずに、そばにつかえていた誰かの視点をかりることも可能であったろうにと思うが。)

ともあれ、第二巻以降、満州国という歴史上の出来事を、小説として、どのように描くのか、溥儀という人物がどのように描き出されるのか、これが気になっているところである。

なお、現代に日本で、満州国を小説で描いたといえば、『満州国演義』全九巻がある。船戸与一。
http://www.shinchosha.co.jp/bunko/blog/2015/08/14.html

私は、この作品は、単行本で出たとき、完結してから、そろえて一気に読んだものである。その後、著者(船戸与一)の死を経てから、文庫本になっている。

現代日本において、満州国を舞台にした小説となれば、この『満州国演義』を意識しないはずはないと思う。このあたりも、気になるところである。

追記 2017-03-15
この続き、第二巻については、
やまもも書斎記 2017年3月15日
『天子蒙塵』(第二巻)浅田次郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/15/8406288