『あんじゅう』宮部みゆき2017-01-18

2017-11-18 當山日出夫

宮部みゆき.『あんじゅう-三島屋変調百物語事続-』.中央公論新社.2010
http://www.chuko.co.jp/tanko/2010/07/004137.html

特設HPもある。
http://www.chuko.co.jp/special/anjyu/index.html

このシリーズの第一作『おそろし』については、すでに書いた。

やまもも書斎記 2017年1月12日
『おそろし』宮部みゆき
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/12/8317211

『おそろし』に続けて、この本を読んだ。この本は、文庫本(角川文庫)も出ているが、単行本で読んだ方がいい。理由は、挿絵である。もとは、読売新聞の連載。その時のものだろう、南伸坊のイラストが毎ページはいっている。

挿絵などなくても、物語を読むのにさしつかえない、と言ってしまえばそれまでである。しかし、この本で一番というべき作品「暗獣」(=あんじゅう)を読むとき、その南伸坊の描いた「くろすけ」の絵の印象が、とてもいい。小説の雰囲気、不気味ではあるのだが、なんとなくほんわかした人情味のある妖怪、というか、この世にはいるがこの世のものではないもの、その「くろすけ」のイメージが、まさに、そのイラストで表現されている。

この意味では、まさに紙の本の独擅場であると言ってよいか。電子書籍になってしまえば、この本のイラストのもつ雰囲気は伝わらない。イラストは、そのページのレイアウト(版面)とともにある。文字の大きさに合わせてリフローする電子書籍(キンドルなど)では、これを伝えることは不可能である。

たぶん、このイラストがあって読むのと、テキストだけで読むのとでは、この作品の読後感はかなり異なったものになるにちがいない。とはいえ、「くろすけ」をどのような姿の「妖怪」としてイメージするかは、読者の自由ではあろうが。

『おそろし』で始まった、「百物語」の続編である。この本は、それなりに独立して書いてあるので、この本だけで読んでもいいようになっている。しかし、ところどころ、前作のエピソードにちょっと言及したりするところもあるし、また、なぜ、おちかが三島屋に住み込んで女中の仕事をしているか、そして、三島屋で「百物語」を語り、聞く、ということになったのか、その背景を知っておくためには、『おそろし』から読んでおいた方がいい。

印象に残るのは、やはりタイトルにもなっている「あんじゅう」の話しだろう。「くろすけ」と名付けられることになる、ある古びた屋敷に住む妖怪のようなもの、なぜそれが生まれたのか、なぜそこに住む老夫婦にちかよってくるのか、そして、なぜそれと分かれねばならなくなるのか……非常にアンビバレントな、人が人らしく生活することの矛盾というか、を象徴している。

宮部みゆきの時代小説は、ホラーというほどではないが、化け物、妖怪めいたものが、よく登場する。しかし、ただ、恐ろしい恐怖の対象となるのではなく、どことなく人間によりそっていて、にくめないという性格を持っている。どことなくほんわかした雰囲気がただよっているのである。

それは、最初に書かれている「逃げ水」に出てくる、少女の姿をした妖怪にもいえる。

「百物語」という趣向で、時代小説を書き、摩訶不思議な物語を語るなかに、人の世の深淵を垣間見させる、まさに宮部みゆきの真骨頂というべきシリーズであると思う。時代小説という設定だからこそ語ることのできる、怪異譚である。

次は、三冊目『泣き童子』である。