NHK「ブラタモリ」奄美大島2017-03-06

2017-03-06 當山日出夫

2017年3月4日のNHK「ブラタモリ」は、奄美大島だった。
http://www.nhk.or.jp/buratamori/map/list66/index.html
http://www.nhk.or.jp/buratamori/yokoku.html

テレビを見ながら私の念頭にあったのは、『海辺の生と死』(島尾ミホ)である。あるいは、『出発は遂に訪れず』(島尾敏雄)のこともあった。

やまもも書斎記 2017年2月10日
『海辺の生と死』島尾ミホ
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/02/10/8356483

やまもも書斎記 2月27日
『出発は遂に訪れず』島尾敏雄
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/02/27/8377810

奄美大島を語るのにはいくつかの視点があるだろう。番組で放送していたように、大島紬、製糖、それから、蘇鉄を、中心に見るのもいいだろう。あるいは、次回の放送がたぶんそうだろうと思うが、亜熱帯の自然と動植物を中心に見るのもいいかもしれない。

ながい島の歴史からみれば、ほんの一瞬のことにすぎなかったかもしれないが、太平洋戦争の末期、そこに特攻隊(震洋)の基地がおかれていたことは、記憶されてもいいように思う。また、その土地に住む人びとの生活がどんなであったか、詩情ゆたかに描き出す文学的感性についても、忘れてはならないものでもある。

たぶん、NHKの番組では、島尾敏雄、ミホのことは出てこないだろう。少なくとも、先日の放送では出てこなかった。

薩摩の過酷な支配下にあった農民の生活……蘇鉄の実を食料にせざるをえないような悲惨な生活……については語っていたものの、その島に訪れてきていた、旅芝居の一行とか、それを心待ちにしている、村の人びとの心情などは、これはこれとして、そのような生活があったことが、「文学」として読まれることがあっていい。

えてしてステレオタイプな目で見がちな、奄美大島という土地について、島尾敏雄、ミホの文学的な仕事は、新たな視点を提供してくれる。

今、読んでいるのは、『「死の棘」日記』(新潮文庫)。この「作品」にも、奄美大島のことは、数多く登場する。この日記を書いていたころ(昭和30年ごろ)の、島尾敏雄、ミホにとって、奄美大島とはどんなものであったのだろうか、というようなことを、なんとなく考えながら、テレビを見ていたのであった。

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