『果断 隠蔽捜査2』今野敏2017-03-23

2017-03-23 當山日出夫

今野敏.『果断 隠蔽捜査2』(新潮文庫).新潮社.2010 (新潮社.2007)
http://www.shinchosha.co.jp/book/132156/

このシリーズの第一作『隠蔽捜査』については、
やまもも書斎記 2017年3月17日
『隠蔽捜査』今野敏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/17/8407879

山本周五郎賞、および、日本推理作家協会賞の作品である。シリーズの二作目として読んでみた。

なるほど、これなら、推理作家協会賞だけのことはあるな、と思わせるできである。警察小説としても、また、ミステリとしても、よくできている。

主人公は、前作『隠蔽捜査』にひきつづき竜崎。警察庁官僚(キャリア)であったものが、前作の結果をうける形で、この作品からは、大森警察署長という立場で登場する。

普通、警察小説で、キャリアの署長といえば、敵役になるか、無能の代表としてでてくると相場がきまっている。が、この『果断 隠蔽捜査2』では、警察署のトップとして捜査の指揮をとる立場で、活躍することになる。

これは、警察官僚としての責任感にもとづくものとしてである。とはいえ、現場の直接の指揮をとるということは、基本的にはない。立場上、責任をひきうけはするが、実際の活動は、部下にまかせるということになる。

このあたりの距離感の設定が、前作にひきつづいてうまい。キャリアとして、捜査の現場の刑事とはちがった、警察署という組織をどう動かすか、それが、警察の機構のなかでどうあるべきか……警視庁、警察庁とどう関係をとりもっていくのか……という管理者としての立場があり、それでいながら、実際の犯罪の捜査の現場にかかわっていかざるをえない。このところの判断、考え方というのが、非常に巧妙に描いてある。とにかく、読ませる小説にしあがっている。

たとえば、次のような箇所。

「いやしくも君は、この警察庁の長官官房の総務課長をつとめた人間です。現場と同じレベルで物事を考えてもらっては困ります。君は管理する側の人間です」
 それは同感だった。所轄書の署員というのは兵隊なのだ。統率する者がいなければ、兵隊は動かない。
(p.266)

この作品でも、竜崎の基本的性格はかわっていない。東大法学部出身にあらざれば人にあらず、あいかわらずである。しかし、その偏屈とでもいうべき人物造形に、読みながら、なんとなく親近感を感じるようになってくる。

そして、同時に重要なことは、この小説が、この竜崎の家族の物語でもあるということである。とはいえ、竜崎のことである、決して公私混同などはしない。きわめて厳密に、そのけじめはまもっている。

だが、この小説全体としては、一連の事件の発生から解決にいたる流れ、それと、竜崎の家族におこるできごと、これが、ない交ぜになって巧妙に描写されている。このあたりも、実にうまい。

また、この作品で、重要な役割をはたすのが、大森署の刑事(戸高)。第一作で登場した、あまり感じのよくない刑事である。しかし、有能である。この刑事の登場がなければ、この作品は成立しない。指揮、管理する立場の警察署長には、その活動に限界がある。これを、警察署の組織のなかで、署長としてその組織を維持、管理することのなかで、うまく立ち回らせている。

この「隠蔽捜査」シリーズ、この春休みに読むことにしようと思っている。

追記 2017-03-27
このつづきは、
やまもも書斎記 2017年3月27日
『疑心 隠蔽捜査3』今野敏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/27/8423103

コメント

_ 一般人 ― 2017-07-25 14時08分36秒

「隠蔽捜査」の感想を読むために訪れた今野敏ファンです。
今野氏初期の佳作「潜入捜査」シリーズ6巻をお勧めします。今日読むべき作品群です。
「憲法サバイバル」という本を取り上げた記事をザッと読ませていただきました。
佐高信、上野千鶴子が左翼という見方もあるのですね。
上野千鶴子はフェミニストだが、左翼でも新自由主義者でもありません。佐高信は「週刊金曜日」編集長ですが、この週刊誌自体がイデオロギーのない雑誌です。企業広告を掲載しない方針が誤解されるのでしょう。
企業広告に依存する全国紙の大本営ぶりを見れば、「週刊金曜日」の真っ当さがわかるでしょう。

左翼という言葉の定義にも問題がありそうです。
内田樹もマルクス研究者白井聡も間違いなく、左翼ではありません。
民進党を左翼と呼ぶとてつもない勘違いが広がっていることに絶句します。民進党の幹部らは自民党と変わらない二枚舌の似非保守主義者です。つまり大企業に寄生する一種の新自由主義者です。

緊急事態条項について言及されていましたが、件の改憲案の緊急事態条項は米、独などの基本法(憲法)に定められたものとは異なるトンでもない条項です。無期限の戒厳令を発令できる、従って人権を無期限に停止できる、など。正気の沙汰ではありません。
日弁連や少なからぬ法曹家の分析や批判がウェブにはありますので、お確めください。

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