『おんな城主直虎』あれこれ「復活の火」2017-08-15

2017-08-15 當山日出夫(とうやまひでお)

『おんな城主直虎』2017年8月13日、第32回「復活の火」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story32/

前回は、
やまもも書斎記 2017年8月8日
『おんな城主直虎』あれこれ「虎松の首」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/08/8642285

このドラマの主人公は、直虎であるはずなのだが……この回の話しは、政次が主人公のような印象だった。その政次と直虎とはかって、井伊のイエの存続をたくらむ。政次も井伊のイエの一族の一人であるかのようであった。

ここにきて、井伊のイエと、井伊谷という土地との関係は、完全にきれている。直虎たちが目指しているのは、井伊というイエの存続である。井伊谷という土地に対する愛着のようなもの……パトリオティズム(愛郷心)といってもよいだろうか……は、見られない。

かつての主家であった、今川からは離反することになる。新しい主家として選んだのは、徳川である。

だが、だからといって、直虎に、徳川への忠誠心があるかといえば、そうともいえないように思える。今川、武田、徳川と争うなかで、井伊の一族は、徳川の国衆に加えてもらうことで、生きのびようとしている。ここには、徳川への恩顧の情もなければ、主家としての忠誠心もない。ただ、生きのびるための戦略である。

井伊のイエの存続をはかる、これもまた、政次のエトスといってもよいように思える。また、そこには、政次の一人の人間としての、直虎(おとわ)の思慕の情もふくまれている。ともあれ、政次には、今川への忠誠心などはない。では、徳川に対する忠誠心があるかといえば、これもまたないようである。ただ、政次は、井伊のイエとともにある小野のイエのために生きている。

これまで、私は、このドラマに、パトリオティズム(愛郷心)がどのように絵がかえるか注意して見てきた。パトリオティズムの延長としてあるのは、ナショナリズムであるのかもしれない。

NHKのドラマでは、以前の『坂の上の雲』では、ナショナリズムを、きわめて肯定的に描いていた。そして、その基底には、故郷(松山)へのパトリオティズムがあった。

来年の大河ドラマは、『西郷どん』である。ここでは、故郷(薩摩)へのパトリオティズムと、近代国家の建設をめざす日本としてのナショナリズムを、どのように描くことになるのであろうか……このあたりが、気になる。

『おんな城主直虎』では、井伊という一族のイエ意識を強く描くことになっている。それを支えるものとして、ドラマのはじめの方では、井伊谷という土地に対するパトリオティズム(愛郷心)が、かいまみられた。それが、徳川につくという判断をくだしてからというもの、消えてなくなっている。

ところで、今回、またネコが登場していた。和尚にだかれていた。井伊の一族が、井伊谷から離れてしまうと、ネコはどうなるのだろうか。このところが、ちょっと気になっている。

追記 2017-08-22
この続きは、
やまもも書斎記 2017年8月22日
『おんな城主直虎』あれこれ「嫌われ政次の一生」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/22/8653195

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