NHK映像の世紀プレミアム「アジア自由への戦い」2017-08-21

2017-08-21 當山日出夫(とうやまひでお)

土曜日の放送であったが、録画しておいて、日曜日に見た。以下、ちょっと批判的な視点から思ったことなど書いておきたい。

興味深いとは思うものの、今ひとつ、メッセージがつたわってこなかった。つまり、「アジア」とは何だろう、ということに答えていないのである。

番組では、ブルース・リーが大きくとりあげられていた。何故か、と思ってみていたのだが、その答えが番組の最後に用意されていた。インタビューに答えて、自分は何者か、中国の人間か、アメリカの人間か……それに対して、一人の人間である、と言っていた。そして、その前のシーン。ボスニアに建てられた、ブルース・リーの象。民族紛争のつづくこの地域で、国とか民族とかに縛られないことの象徴として選ばれたのが、ブルース・リーであった。

アジアの20世紀を描いてきて、そして、最後に、国・民族・宗教ではなく、人類の一員である一人の人間、というところにもっていく構成は、それなりに理解できないことはないのだが、今ひとつ物足りない。やはり、ここは、地域的に、また、精神的、文化的に、欧米に対比して、非欧米ということにとどまらない、アジアとは何か、というところを、さぐってほしかったという気がする。

個別に見れば、番組のどのシーンも印象深い。先日、終戦の日に同じNHKで放送していた、インパール作戦。これを、インド独立運動の側からみれば、いったい何であったのか、考えさせらるところがある。日本軍とイギリス軍との戦いであったのみならず、インド人同士の戦いでもあった。

また、インドが独立した、真の理由は何であったのかも、ある意味ではぐらかしたところがあった。ガンジーの非暴力主義を理想化するのはいいのだが、では、ベトナムの独立戦争はいったい何であるのか、が問題になる。この意味において、ガンジーとブルース・リーを理想としながらも、現実には武力闘争で独立を勝ち取ったベトナムの事例をどう評価すればいいのか、釈然としないものが残るのである。

気付いたことをさらに書いておけば、孫文も毛沢東も登場しなかった。これは、意図的にそのように編集したのだろうと思う。だが、中国の問題を抜きにして……まあ、ラストエンペラー、溥儀は登場していたが……アジアの問題を考えることはできないと思う。

番組タイトルの「自由への戦い」という点では、インドと、それから、ベトナムということになる。特にインドの事例……結局、ガンジーの理想は実現しなかったこと……インドとパキスタンに分かれて独立することになった……このことは、民族、宗教、国家の問題の難しさを感じさせる。それに対する答えとして、ブルース・リーのことばを最後にもってくるのは、そのような演出であることは分かるとしても、問題の本質に正面から答えてはいないように思える。

これは、ナショナリズム論の……あるいは逆に、反・ナショナリズムにたつにせよ……アポリアとでもいうべきことではあるが……ブルース・リーは、インタビューに英語で答えていた。アメリカ生まれだから、英語ができる。だから、アメリカでも俳優の仕事ができる。このことに、無自覚であってもならないだろう。理念として、「ひとりの人間」ということはできても、現実には、国家、民族、言語の多様性の中にしか、生きられないのである。

以上、ちょっと批判的な視点で書いてみたが、この番組はとても面白かった。個々の部分では、非常に興味深いところがあった。北朝鮮、キム・イルソンという人物……これは、偽物であると、堂々と言っていた。そのようにNHKでも、語るようになったのか、これも感慨深いものがあった。