『続 明暗』水村美苗2017-11-11

2017-11-11 當山日出夫(とうやまひでお)

水村美苗.『続 明暗』(ちくま文庫).筑摩書房.2009 (筑摩書房.1990 新潮文庫.1993)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480426093/

まず、雑誌連載があって(1988-1990)、筑摩書房から本が出て、新潮文庫になって、それが絶版になって、今は、ちくま文庫版が出ているということらしい。

はて、なぜ新潮社は、この本を止めにしてしまたのだろうか。漱石の作品など、新潮社は出しているし、また、水村美苗の他の作品も新潮文庫版がある。

この本が最初に出たとき、ちょっと興味があったが、読まずにすごしていた。岩波の「定本漱石全集」で『明暗』を読んでみて、気になっていたこの本を読んでみることにした。

読んでの感想としては……面白い……最大の賛辞として。『明暗』の続編として読むと、いらぬあら探しをすることになる。それよりも、『明暗』の舞台、人物設定をかりてきて、新たに『続 明暗』という、作品を創作したと考えて読めばいい。いわば「本歌取り」である。この作品は、独自の世界をもっている。読んでいて、『明暗』を忘れて、この作品のなかにひたりこんでいく自分に気付く。

日本文学の伝統である「本歌取り」を、近代の小説の世界でこころみた事例として、その面白さを味わえばいいのだと私は思う。また、それに充分にこたえる内容になっている。

無論、批判めいたことを書こうとおもえばないではない。例えば、漱石は、このように女性の登場人物の心の内を描くことはなかったであろう、など。だが、このような批判をするよりは、『明暗』の人物設定の延長に、これだけの面白い小説を書いてみせた、作者(水村美苗)の発想と技量を褒めるべきである。

私が読んだ印象としても、『続 明暗』は、『明暗』の続編を完結させようとした作品ではない。漱石がどのような結末を考えていたか、そんなことは関係なく、独自に自らの小説世界をつくりあげている。だから、『明暗』の完結編として読むと、いろいろ批判めいたことをいいたくなる。

そして、このような「本歌取り」の小説が、それまで、日本の「文壇」とは無縁のところにいた、作者(水村美苗)によって書かれたことの意味を考えることの方が、重要かもしれない。なぜ、日本にいる小説家では書けなかったのか。

漱石の作品を読んでいくと、「明治の小説」という印象がどうしてもある。19世紀の小説といってもよい。漱石が明治に決別するのは、『心』を書いてからになるのだろう。新しい時代、20世紀になってからの小説、漱石の『明暗』を読むと、そのような気がする。そして、20世紀の終わりになって、水村美苗によって『続 明暗』という素晴らしい作品が書かれたこと、まさに、20世紀の日本の小説の歴史の出来事といってよい。『明暗』が20世紀の小説であるからこそ、それをうけて『続 明暗』が書かれ得たというべきであろう。