『文字と楽園』正木香子2017-11-13

2017-11-13 當山日出夫(とうやまひでお)

正木香子.『文字と楽園-精興社書体であじわう現代文学-』.本の雑誌社.2017
http://www.webdoku.jp/kanko/page/486011406X.html

もちろん、この本の組版は、精興社である。

現代文学の作品、作家のなかから、精興社で印刷した本を選び出して、それへの思いをつづったエッセイ。精興社で印刷した本が好きな人も、あるいは、そうではないが、文字、活字、印刷に興味ある人は、面白く読めるだろう。

私もこの本を読んで、『金閣寺』(三島由紀夫)とか『ノルウェイの森』(村上春樹)が、精興社の印刷にかかるものであることを知った。

それにしても、この著者(正木香子)は、本を読むとき、その活字……といっても、写植もあれば、DTPもあるが……が、どの印刷所、活字で印刷されたが、かなり気になる人間のようだ。同じ作品でも、活字によって印象が異なるらしい。

活字によって印象が異なる、ということはわからないでもない。だが、私の好みとして、精興社活字に、そう深い思い込みはない。見て、きれいな印刷であるとは思うが。

とはいっても、最近読んでいるものであれば、「定本漱石全集」(岩波書店)などは、やはり精興社活字でないと、その本の気分とでもいうものがあじわえない、そんな気がしている。岩波書店と精興社の歴史的経緯を知識として知っているせいもあるが、漱石の作品には、精興社活字がふさわしい。

文字や表記の研究という分野にいるせいもあるが、小説など読んでも、どこの印刷になるものか、気になって奥付を見ることがある。最近のものでは、『月の満ち欠け』(佐藤正午、岩波書店)とか、『日の名残り』(カズオ・イシグロ、早川書房)とかが、精興社であった。直木賞に、ノーベル文学賞……考えてみれば、最近の精興社は、いい仕事をしているといっていいだろうか。それから、現代文学では、高村薫が、決まって精興社の印刷である。

ただ、私も、老眼になってきたせいか、岩波文庫の精興社印刷が、ちょっと読みづらいと感じるようになってきた。基本的に細めの線でデザインしてある文字なので、小さい文字を、これで組版されると、ちょっとつらい。特に、ルビが読みとりにくい。

ともあれ、現代文学、その書物を、活字、組版、印刷という面からとらえ、しかも、精興社という特定の印刷所にしぼって論じてあるこの本は、面白い。このような、本の読み方、作品の見方があるのかと、新鮮な感じがする。文字、活字がすきな人には、おすすめの本である。