『三鬼』宮部みゆき2018-05-07

2018-05-07 當山日出夫(とうやまひでお)

三鬼

宮部みゆき.『三鬼 三島屋変調百物語四之続』.日本経済新聞出版社.2016
https://www.nikkeibook.com/book/78878

このシリーズの最新作『あやかし草紙』が出て読もうと思ったのだが、実は、その前作になるこの本が未読で積んであった。取り出してきて読んでおくことにした。

このシリーズも、これで四冊目である。三島屋にすまいするおちか。彼女が、いろんな人から怪異の話し、不思議な話しを聞く、という筋立て。「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」の物語である。作品の長さからいえば、中編の集になる。

この本には、次の作品をおさめてある。
「迷いの旅籠」
「食客ひだる神」
「三鬼」
「おくらさま」

宮部みゆきは多彩な作品を書いているが、時代小説として、どこかしら怪異を含む作品群がある。その近年の代表作は、『この世の春』であろうか。これについては、すでに書いた。

やまもも書斎記 2017年9月8日
『この世の春』宮部みゆき
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/09/08/8672570

この時にも書いたことだが、宮部みゆきの時代小説、怪異小説は、どんどん話しがあっちに行ったり、こっちに行ったりする。どこに着地点があるのか、全体の構成がどうなっているのか、読んでいって不安になるところがある。特に長編だとそれを感じる。そして、評価によっては、これはマイナスの要因になるだろう。

だが、中編の作品の場合、その不安がない。比較的短い作品のなかで、登場人物(語り手)の登場があって、その話を語ることの範囲で、どうにか一つの作品がおさまっている。手際よく、こじんまりと中編のなかにまとめてある。これは、安心して読める。

怪異の話し……これは、今ではあまり流行らなくなった文学の形式かもしれない。いや、そうではないということがあるのかとも思う。私が知らないだけで、現代には現代なりの怪異文学というものがあるのかもしれない。

宮部みゆきの怪異の話しは、身の毛もよだつという恐怖を感じるものはすくない。むしろ、この世の不条理、切なさ、やるせなさ、といった諸々の感情を表象するものとしての、怪異の話しであるように読める。合理的な人の世の道理では、説明のつかない、それでは割り切ることのできないどうしようもない、この世の人の有様の不可解さ、理不尽さとでもいうべきものである。それを、宮部みゆきは、怪異の話しとして書いている。

だが、私が読んで面白いのと感じるのは、怪異といっても、怖いというよりも、どことなくユーモアを感じさせるような作品である。例えば、以前の作品であれば、「あんじゅう」がそうであった。今回の作品『三鬼』に所収の作品としては、「食客ひだる神」がそうだろう。

宮部みゆきは、現代小説でもある意味で怪異の話しとでもいうべきものを書いている。その一方で、純然たるミステリも書いている。「本格」といってもよい。

初期の宮部みゆきは、リアリズムの作家であったと認識している。だが、そのリアリズムの視点では、「現代」という時代を描けないのかもしれない。「現代」に生きている我々の感性にうったえかけるものは、リアリズムではなく、怪異、あるいは、ファンタジーであるのだろうか。

三島屋シリーズは、時代小説ではあるが、しかし、「現代」に生きる我々に語りかけるものがある。それは、この世に生きることの不条理とでもいうべきものである。それは、リアリズムでは表現することが、もはや困難なものである。

ただ、怒りとか、悲しみとか、不安とか、そのようなことばで表現してしまうことのできない、それからあふれる何かである。そのようなものに、人は生きているかぎり、どこかでかかわりをもたざるをえない。そのような何かを描き出すのに、時代小説の形をかりた怪異の話しというのが、もっともふさわしいということなのかもしれない。

宮部みゆきは、時代小説を書いているが、その視野のなかには、「現代」が見えていると感じる。

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