『西郷どん』あれこれ「偉大な兄 地ごろな弟」2018-06-12

2018-06-12 當山日出夫(とうやまひでお)

『西郷どん』2018年6月10日、第22回「偉大な兄 地ごろな弟」
https://www.nhk.or.jp/segodon/story/22/

前回は、
やまもも書斎記 2018年6月5日
『西郷どん』あれこれ「別れの唄」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/06/05/8874400

今回は、兄弟のものがたりだった。

第一には、島津斉彬(故人)と、その弟(久光)のこと。江戸で斉彬のお庭方として仕事をしていた西郷には、斉彬の人物の大きさが見える。それにくらべれば、久光はいまひとつという感じである。

第二には、西郷とその弟(信吾)である。藩命をうけて京で仕事をしているはずの信吾の自堕落に西郷は腹をたてる。ここでも、兄(西郷吉之助)と、弟(信吾)の対立であった。

このわかりやすい構図のなかで、幕末の薩摩藩、諸藩の動きが描かれていた。西郷が、奄美大島に流されていた間に、幕府の威信は地のおち、倒幕の機運がみなぎっているという。このあたり、ドラマでは、説明不足かなという気がしている。尊皇攘夷思想から、桜田門外の変を経て、倒幕にいたるまでの人心の動きというものが無かった。まあ、その間、西郷は、島にいて、のんびりと暮らしていたということなのであるが。

ところで、気になっていることは、西郷は、倒幕はまだ早いと言う。幕府を倒した後で、どのような日本を考えるのか、その構想があるのかと、有馬新七に問いかけている。これはたぶんそうなのだろうが、では、西郷に、未来の日本……それが、「近代」と呼ばれる時代であることを、後世の我々は知っている……の姿をどう考えていたのだろうか。ここがよくわからないところであった。

西郷は、「西郷隆盛」という一つの「人格」であると同時に、幕末から明治維新にかけて、倒幕の先頭にたって働いた人物として認識している。(実際はどうであったかは別にしても)江戸城開城においては、西郷の力があってのことだろう。

このあたり、人格者として人望をあつめる側面と、幕末の歴史の権謀術数の中での策謀と、この両面をどのように描いていくのか、これからの展開に期待したいと思う。次回は、寺田屋の一件であるらしい。楽しみに見ることにしよう。

追記 2018-06-19
この続きは、
やまもも書斎記 2018年6月19日
『西郷どん』あれこれ「寺田屋騒動」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/06/19/8897651