『西郷どん』における方言(六)2018-08-03

2018-08-03 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである、
やまもも書斎記 2018年5月24日
『西郷どん』における方言(五)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/05/24/8858578

ドラマはいよいよ幕末明治維新の前夜という段階になって、いろいろと新しい登場人物が出てきている。ドラマにおける方言使用の面から見ても興味深い。

まず、西郷吉之助であるが、あいかわらずの薩摩ことばである。ただ、その薩摩ことばも、薩摩藩の身内と話すときは、純然たる薩摩ことばのようだが、一橋慶喜と話すときは、標準的な武士ことば(時代劇語)にすこし、薩摩的要素をくわえたような話し方になっている。こことは、あくまでも、薩摩出身の西郷として薩摩ことばを止めるわけにはいかない。しかし、その純然たる薩摩ことばのままでは、一橋慶喜とのコミュニケーションがとれたはずはない、というあたりの折衷的なところだろうか。

薩摩ことばが薩摩というリージョナリズムの表象であるとう意味では、ふき(ドラマの現在では、一橋慶喜の側室)のことばが興味深い。一橋慶喜と話すときは、標準的な日本語(時代劇女性ことば)であるが、西郷吉之助と話すときは、薩摩ことばになっていた。

それから、坂本龍馬。これは、もう約束として、土佐ことばである。また、勝海舟は、江戸のことば。それも、かなり下町風の武家ことばと言っていいだろうか。これで、この二人のコミュニケーションがなりたっているように描かれている。この坂本龍馬、勝海舟と話すときの、西郷吉之助のことばは、薩摩ことばであった。

日本語史の問題として、幕末のころ、武士たちの間で、どのようなことばが、一般的に使われていたのか、ということは確かにある。だが、それとは別のこととして、ドラマにおいては、それぞれの登場人物の背景として、そのことばがある。西郷吉之助の薩摩ことばであり、坂本龍馬の土佐ことばである。

このあたりのことは、実際にそれでコミュニケーションできたかどうか、という観点よりは、幕末時代劇の約束として、そのようなことばを使わせているということで理解しておけばいいのだろう。さらに考えて見るならば、時代考証として、その当時の人びとがどのようなことばを話したかではなく、どのようなことばを話す人間としてふるまうことを期待しているか、である。

幕末、明治維新は、あくまでも、登場人物の出身地(土地、藩)を背負ったものとして、その活躍を描く、このような時代劇ドラマの約束として、そのように作ってあると理解して見ておけばいい。逆に視点を変えてみるならば、幕末、明治維新は、地方出身者(江戸をふくめて)が、そのドラマの立役者である、ということになる。その出身を背景として背負って、その活動がある……このように、今日の視点からは、幕末、明治維新を見ていることになる。その地方出身者が、作っていったのが、近代日本ということになる。地方出身者が、一つの「日本」を作りあげていったというところに、近代日本のナショナリズムの一つのイメージが形成されていっていると言ってよかろう。

今日において、幕末、明治維新をドラマとして描くとき、その出身地のことば(方言)を重視しているということは、近代ナショナリズムが、全国民的な広がりのなかで形成されてきた……このような今日の歴史観を表しているともいえる。さらにいうならば、薩摩が日本になり、土佐が日本になる、その過程としての、幕末、明治維新として考えていることになる。あるいは、薩摩や、土佐や、長州をふくんだものとしての、近代日本ということもできる。各地域のリージョナリズム、また、パトリオティズムが、総合したところになりたっている、ナショナリズムなのである。少なくとも、現代から過去を見てイメージする、この時期のナショナリズムは、純朴でもある。

ここには、リージョナリズム、パトリオティズムと、ナショナリズムの、素朴な融合した意識の形態、歴史観を見て取ることができる。

蛇足で書くならば……昭和戦前期の皇国ナショナリズムは、素朴なリージョナリズムを圧迫したところに成り立っている、幕末、明治初期とは、次元のことなるものになってしまっていた、とも言ってよいかもしれない。

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