『貧しき人々』光文社古典新訳文庫2019-01-31

2019-01-31 當山日出夫(とうやまひでお)

貧しき人々

ドストエフスキー.安岡治子(訳).『貧しき人々』(光文社古典新訳文庫).光文社.2010
http://www.kotensinyaku.jp/books/book102.html

光文社古典新訳文庫で、ドストエフスキーの作品を読んでいっている。

この作品は、文学史的にいえば、ドストエフスキーの文学の出発点にある作品ということになる。この作品で、ドストエフスキーは世に出た。

そのような知識はさておき、この本は、これまで読んだ主な長編……『白痴』『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『悪霊』……それから、『地下室の手記』、これらを読んで次に手にしたものである。

この作品は、往復書簡の形式をとっている。若い女性と、年取ったさえない男性の間で、手紙がやりとりされる。往復書簡であるのだが、この手紙のやりとりの中からうかがえるのは、虚構の世界である。手紙を書いている相手のことを、単にそう思う、というよりも、むしろ妄想というべきものが、膨らんでいく印象である。

そして、読後感として残るのは、ロシアの善良な人びとの生活感覚と言っていいだろうか。

これまで、ドストエフスキーは、長編を主に読んできた。短篇は未読のものがある。これを機会に、読んでいるのだが、この作品を読んで、ドストエフスキーの文学的才能というものを感じることができるように思う。読んでいくと、二人の登場人物の往復書簡が次々とつづくだけのこの作品の中に入り込んでしまうような気になる。そして、手紙の発信者と受信者のやりとりのなかで、相互に影響し合いながら、いつしか虚構の世界にはいっていくことになる。

ことばによる虚構の世界の構築、これが文学であるとするならば、まさにドストエフスキーは、その才能をこの作品において開花させたというべきであろう。