『騎士団長殺し』(第2部 遷ろうメタファー編)(下)村上春樹2019-05-27

2019-05-27 當山日出夫(とうやまひでお)

騎士団長殺し(4)

村上春樹.『騎士団長殺し』(第2部 遷ろうメタファー編)(下)(新潮文庫).新潮社.201 (2017.新潮社)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100174/

続きである。
やまもも書斎記 2019年5月25日
『騎士団長殺し』(第2部 遷ろうメタファー編)(上)村上春樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/05/25/9076622

ふと思い立ってのことであるが、村上春樹の作品を読んでおきたくなって、『1Q84』から読み始めた。おおむねさかのぼるかたちで読んできて、最後に、最新作の『騎士団長殺し』を読むということになった。

ここまで『騎士団長殺し』、あるいは、他の長編を読んできて思うことなどまとめれば、次の二点になるだろうか。

第一は、村上春樹は、「異界」を描いている小説家である、ということ。

この世界のすぐとなりにあるような、ふとした時に、世界が、ネガからポジに反転するような、異次元の世界。その異次元の世界の入り口は、井戸であったり、夢であったりする。

この『騎士団長殺し』においても、謎のほこらと石造りの穴が登場する。文庫本の第四冊目になって、この穴が、重要な意味をもってくる。また、『騎士団長殺し』は、主人公は画家として、肖像画を描いている。この絵画、なかんずく肖像画というのも、また異世界である。この世のことがらを、絵の世界の中にうつして再構築する、別の世界を作ることになる。

第二は、「鎮魂」の物語であること。

この『騎士団長殺し』には、「鎮魂」のことばが出てくる。p.250。

家の主の老画家が、第二次大戦前にヨーロッパで経験したできごと。また、日本と中国との戦争、南京攻略。これらのできごとが、印象的に出てくる。そこでは、多くの死があった。

そして、この小説の最後に登場するのが東日本大震災。この災害においても、理不尽な多くの死があった。

どうしようもない理不尽な死に対する「鎮魂」。これが、著者が、この小説を書こうとした意図の深いところにあるにちがいないと感じる。

以上の二点が、『騎士団長殺し』を読み終わって感じるところである。

これまで読んだ村上春樹作品に共通するのは、例えば「鏡」にうつった姿……そこでは、見るものと、見られるものが反転する……この世の世界のすぐ隣にある「異界」、これを強く感じる。

『騎士団長殺し』においても、文化人類学、民俗学の観点から見て、この世とあの世、異世界への入り口、境界と解釈できるいくつものシーンがある。伊豆の老人養護施設から、主人公は異世界に入り込むことになるが、その中で、さらに川をわたっている。川を渡るという行為は、この世とあの世の境界を越えることに他ならない。また、主人公の家から見ることのできる、謎の人物である免色の屋敷。谷をはさんで、二つの家が、見る側と見られる側が、反転する。

さて、次は、短篇を読むことにしようかと思っている。が、その前に、『職業としての小説家』を読んでおくことしようかと思っている。

追記 2019-05-30
この続きは、
やまもも書斎記 2019年5月30日
『職業としての小説家』村上春樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/05/30/9078623