アジサイ2019-09-11

2019-09-11 當山日出夫(とうやまひでお)

水曜日なので花の写真。今日は紫陽花である。

前回は、
やまもも書斎記 2019年9月4日
ヤブカンゾウ
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/04/9149138

今週もまだ暑い。ちょっと朝の散歩に出る気にならないでいる。しかたないので、ということもないが、ストックしてあった写真のなかからである。たぶん、ソヨゴの実がなっているころであろうし、ムラサキシキブも実をつけているだろう。とは思うものの、もうちょっと涼しくなってから、少なくとも、最高気温が三〇度以下になってからと思っている。カメラと三脚を持って出かけるようになるのは、来週になってからになるだろうか。

アジサイは、ありふれた花であるし、写真に撮ってみると、どれも似たようなものになってしまう。しかし、花の咲くシーズンになると、なんとか工夫して写真に撮ってみたくなる。

我が家に、数株のアジサイの花がある。それぞれに種類が違う。咲かせる花の形、色もちがう。ただ、あまり手入れしていないせいか、ここ数年、花の咲くのが少なくなってきてしまっているような気がする。これは、どうにかする必要があるかと思っているところである。植木屋さんに相談して、どうにかしてもらうことになるかと思う。

アジサイ

アジサイ

アジサイ

アジサイ

アジサイ

アジサイ

Nikon D500
AF-S VR Micro-Nikkor 105mm f/2.8G IF-ED
AF-P DX NIKKKOR 70-300mm f/4.5-6.3G ED VR

追記 2019-09-19
この続きは、
やまもも書斎記 2019年9月19日
リョウブ
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/19/9155291

『ティファニーで朝食を』村上春樹訳2019-09-12

2019-09-12 當山日出夫(とうやまひでお)

ティファニーで朝食を

トルーマン・カポーティ.村上春樹(訳).『ティファニーで朝食を』(新潮文庫).新潮社.2008 (新潮社.2008)
https://www.shinchosha.co.jp/book/209508/

続きである。
やまもも書斎記 2019年9月9日
『村上春樹雑文集』村上春樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/09/9151272

村上春樹の翻訳を読んでいくということで手にしてみた。この作品、小説よりも映画の方が有名かもしれない。オードリー・ヘップバーンの主演で映画化されていることは、私でも知っている。だが、その映画を私は見ていない。

読んで感じることは、いくら映画を見ていないといっても、読みながら、どこかで、主人公のホリーに、オードリー・ヘップバーンのイメージを重ねて読んでしまっていることに気付く。それほどまでに、(見てはいないとはいえ)映画となっていることの影響は大きい。

だが、やはり、ここは、オードリー・ヘップバーンという女優のイメージから離れて、この作品におけるホリーの人物像に焦点をあてて考えてみるべきだろう。ある意味で、とても魅惑的とでもいうべき女性として描かれている。小悪魔というようなことばが、読みながら頭のなかをよぎった。おそらく、小説に描かれた女性ということで、魅力を感じる女性は誰かというようなことを考えてみるならば、ホリーはかならずはいるにちがいない。

そして、この小説全体に感じる、アメリカのある時代の、ある都市のもっていた雰囲気。これは、西欧の文学といっても、ヨーロッパの文学には無いものかもしれない。新興の国のもつ若々しさ、でありながら、退嬰的でどこか投げやりな感じのする、どうにも表現できないような、アメリカという国の都市。

ある時代の、ある都市の、ある登場人物のこと……それを読んで、やはりこの作品が、古典的な位置にあることを感じるところがある。それを、村上春樹の訳文は、見事に描き出していると言っていいだろう。

次は、『象工場のハッピーエンドである』。

追記 2019-09-13
この続きは、
やまもも書斎記 2019年9月13日
『象工場のハッピーエンド』村上春樹・安西水丸
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/13/9152879

『象工場のハッピーエンド』村上春樹・安西水丸2019-09-13

2019-09-13 當山日出夫(とうやまひでお)

象工場のハッピーエンド

村上春樹(文).安西水丸(画).『象工場のハッピーエンド』(新潮文庫).新潮社.1986 (CBSソニー出版.1983)
https://www.shinchosha.co.jp/harukimurakami/books/100131.html


続きである。
やまもも書斎記 2019年9月12日
『ティファニーで朝食を』村上春樹訳
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/12/9152538

この本は、夏休みの終わり、ふと手にした本である。文章は村上春樹、絵は安西水丸である。

ああ、こういう本を書くひとだったのか、村上春樹は……という思いになる。

とにかく、読んでいてたのしい。重厚長大な長編、あるいは、ちょっと不可思議な印象のある短篇など、多彩な文章を書く作家であるが、この本に載っているような、軽妙な文章の書き手でもある。そして、この本は、絵が安西水丸であることと不可分である。もし、将来、「村上春樹全集」が出ることがあったとしても、この本、特にこの本にかぎらないかもしれないが、安西水丸とのコンビで作った本は、そのとおりに近い形で出してもらいたいものである。ここから、村上春樹の書いた文章だけを抜き出して編集しなおしたとしたら、つまらない本になってしまうだろう。

村上春樹にとって、この本に載っているような軽妙な文章は、文章を書くのが楽しくてしかたがない、という印象をうける。そして、このような文章は読んでいて、読者も楽しくなる。

おそらく、かつて、夏目漱石が俳句や漢詩の世界に遊んでいたと、通じるところがあるのだろうと思ってしまうが、どうであろうか。

村見春樹は、現代におけるすぐれたエッセイスト、というよりも、現代における俳諧師とでも言った方がいいかもしれない。私は、ここに収録の文章に、「俳味」とでもいうべきものを感じてしまう。

次は、『フラニーとズーイ』を読むことにする。

『フラニーとズーイ』村上春樹訳2019-09-14

2019-09-14 當山日出夫(とうやまひでお)

フラニーとズーイ

J.D.サリンジャー.村上春樹(訳).『フラニーとズーイ』(新潮文庫).新潮社.2014
https://www.shinchosha.co.jp/book/205704/

続きである。
やまもも書斎記 2019年9月13日
『象工場のハッピーエンド』村上春樹・安西水丸
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/13/9152879

この本は、新潮文庫オリジナルの新訳である。そして、この本だけの特設HPがある。

https://www.shinchosha.co.jp/fz/

ここから、村上春樹のこの作品についての解説を読むことができる。これをよむと、サリンジャーは、自分の作品の翻訳は許可しても、それに解説を加えることを許さなかったらしい。だから、この文庫本には、解説がついていない。訳者のあとがきのようなものもない。そのかわり、ちょっと小さなパンフレットがはさみこんである。それが、いわば、訳者の後書き、解説のようになっている。本についているのは、短くしたバージョン。長めの文章が、上記の新潮社のHPで読めるようにしてある。

この作品が発表されたのは、半世紀以上も前のことになる。これだけ時間がたってみると、この作品の書かれた時代背景とか、作者についての解説が必要になってくる。サリンジャーの著作権はまだ切れていないので、翻訳に解説をつけるわけにはいかない。しかし、今の時代は、インターネットの時代である。新潮社のHPに、その解説を掲載することが可能になっている。

ところで、読んでみての印象であるが……村上春樹は、この作品を非常に高く評価している。その評価しているところについては、どうも共感するところがなく読んでしまった。といって、面白くなかったというのではない。私なりには、面白く読んだ作品になる。

読んで思ったことなど書いて見る。二つほどあげる。

第一には、この作品を語る「メタ」な視点の設定である。

このことについては、訳者の村上春樹の解説の文章でも言及がある。作品の第二部の「ズーイ」の冒頭で、「作者」が顔を出している。そして、作品の終わりの方でも、ちょっと顔を見せている。

なぜ、「ズーイ」の部分の冒頭に、「作者」が出てくるのか……アメリカ文学について専門知識のない私としては、よくわからないところであるが、しかし、このような部分があることによって、「フラニー」の部分、そして、「ズーイ」の部分が、より深みを増して読者に訴えかけることになることは理解できる。

第二は、宗教についてである。

この小説は、ある意味で宗教小説とでもいうべき様相をもっている。東洋の宗教、哲学、それから、キリスト教について、議論がかわされるし、引用も多い。

この部分、村上春樹の解説によれば、この作品の書かれた当時のアメリカの社会を反映したものらしい。だが、そのような知識をぬきにして読んで見て、私には、この議論の部分が面白く読めた。二一世紀の今日になって、作品が書かれてから半世紀以上たって、ふたたび、宗教、それも、西洋のキリスト教と、東洋の宗教、これらを総合して考えることのできる地点にたっていると言えるかもしれない。

たぶん、二〇世紀から二一世紀にかけての、宗教史、宗教学について専門的知識のあるひとが、この作品を読むと、またちがった解釈ができるのかもしれないと思う。

以上の二点が、読んで思ったことなどである。

さらに付け加えるならば、登場人物のフラニーもズーイも魅力的な人物造形なっている。特に、私としては、最初にでてくるフラニーという女性……というよりも、女の子とでも言った方がいいだろうが……が、魅力的にうつる。

さて、次は、気分を変えて、『村上朝日堂』を読むことにする。

追記 2019-09-16
この続きは、
やまもも書斎記 2019年9月16日
『村上朝日堂』村上春樹・安西水丸
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/16/9154069

追記 2019-09-18
この続き(翻訳)は、
やまもも書斎記 2019年9月18日
『人生のちょっとした煩い』グレイス・ペイリー/村上春樹訳
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/18/9154935

『なつぞら』あれこれ「なつよ、この十勝をアニメに」2019-09-15

2019-09-15 當山日出夫(とうやまひでお)

『なつぞら』第24週「なつよ、この十勝をアニメに」
https://www.nhk.or.jp/natsuzora/story/24/

前回は、
やまもも書斎記 2019年9月8日
『なつぞら』あれこれ「なつよ、天陽くんにさよならを」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/08/9150718

あの少女はソラだった。

このドラマも終盤である。どのような終わり方になるのか。が、ともあれ、この週で描いていたのは、なつのアニメーション。

なつは、マコプロで、作画監督をひきうけることになる。東洋動画はやめることになる。ここで、少女を主人公にした開拓者のアニメーションの制作にたずさわる。

ここであきらかになったのは、このドラマのオープニングに登場する少女が、なつの作るアニメーションの主人公のソラであったこと。特にこの週の作り方としては、ドラマ中のアニメーションと、ドラマそれ自身を合体化させた作り方になっていたことだろう。その結果として、これまでのドラマで描いてきた、声優などの伏線を引き継いでいることになる。これはこれで、一つの作り方であろうとは思う。

とはいえ、なつが作画監督、夫の一久が演出という、新しいアニメーションで、新たなアニメーションならではの表現技法にとりくむ、というところはないようだ。むしろ、これまで東洋動画でつちかってきた、アニメーターとしての経験がものをいっている、そんな描き方になっていた。

そして、この週の最後に出てきた、千遥。テレビには、「奥原なつ」という名前が出ていた(坂場ではなく。)おそらく、この名前を見て、千遥はマコプロをたずねてきたということなのだろう。

このドラマは、アニメーション制作の開拓者の物語であると同時に、なつという一人の人物をめぐる家族の物語でもある。いよいよ残すところは、あと二週である。アニメーションとしては、ソラの物語で成功を見るとして、残るは、家族の物語である。千遥と再会できるのだろうか。また、北海道の十勝の家族はどうなるのだろうか。残りを楽しみに見ることにしよう。

『村上朝日堂』村上春樹・安西水丸2019-09-16

2019-09-16 當山日出夫(とうやまひでお)

村上朝日堂

村上春樹.安西水丸.『村上朝日堂』(新潮文庫).新潮社.1987(2007.改版) (若林出版企画.1984)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100132/

続きである。
やまもも書斎記 2019年9月14日
『フラニーとズーイ』村上春樹訳
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/14/9153219

上述の書誌を書いて気付いたのだが、この本は、「共著」である。本のどこにも、村上春樹(文)とか、安西水丸(絵)、とか書いていない。また、新潮社のHPを見ると、二人の名前が書いてあって、両方共に「著」としてある。

つまり、この本は村上春樹の文章がメインで、それに安西水丸の絵がついているというのではなく、二人が同時に、この作品を書いているという認識なのである。読んで見ると、それほどまでに、文章と絵の息がぴったりとあっている。

さらに、読んで行くと、最後になって、文を安西水丸が描いて、絵を村上春樹が書いているものが、「付録」として載っている。これは、完全に、対等な二人の共著とすべきものだろう。

そういえば、であるが……文章と絵の組み合わせとして思いうかぶこととしては、新潮文庫だったと思うが、山藤章二の絵で、本文をいろんな作家が描いてというのが、かなり出ていたのを憶えている。(まだ、今でも買えるのだろうか。)主に、私の学生のころのことである。これは、かなり買って読んだと憶えている。

それはさておき、この本は、『日刊アルバイトニュース』に連載されたものである。だから、想定される読者としては、『日刊アルバイトニュース』の購読者ということになる。そのせいもあるのだろうか、実にのびのびとした文章である。また、絵である。

これは気楽に読めばいいのだと思う。だが、そうはいっても、村上春樹の作品世界を理解するうえで、重要なキーになる箇所が、いくつかある。ああ、なるほど、こういう文章を書くことが背景にあって、あの長編作品はあるのか、なんとなく納得するような、あるいは、意外に感じるようなところがある。どのようなところにそれを感じるかは、読者それぞれの自由ということなのだろうが。たとえば、村上春樹は中華料理が食べられない、ラーメンでさえだめである……このようなことが書いてあるのだが、さて、これは村上春樹文学の理解に役立つであろうか。

ところで、どうでもいいようなことかもしれないが、読んでいて、作中に『鷲は舞い降りた』が登場する。懐かしい本である。出てくるのはタイトルだけで、その中身についての言及はない。気になって、さっそく調べてみた。すると、この本は今でも売っている。しかも、続編の『鷲は飛び立った』もある。どうしようか、ここは、ちょっと脇道にそれて、再度この作品を読み返したい気分になってきた。

が、ともかく次は、翻訳としてグレイス・ペイリーを読むことにする。

追記 2019-09-18
この続きは、
やまもも書斎記 2019年9月18日
『人生のちょっとした煩い』グレイス・ペイリー/村上春樹訳
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/18/9154935

追記 この続き(村上朝日道)は、
やまもも書斎記 2019年9月20日
『村上朝日堂の逆襲』村上春樹・安西水丸
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/20/9155648

追記 2019-10-04
『鷲は舞い降りた』については、
やまもも書斎記 2019年10月4日
『鷲は舞い降りた』ジャック・ヒギンズ
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/10/04/9160917

『いだてん』あれこれ「民族の祭典」2019-09-17

2019-09-17 當山日出夫(とうやまひでお)

『いだてん~東京オリムピック噺~』2019年9月15日、第35回「民族の祭典」
https://www.nhk.or.jp/idaten/r/story/035/

前回は、
やまもも書斎記 2019年9月10日
『いだてん』あれこれ「226」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/10/9151815

今から振り返って、ベルリンの一九三六年のオリンピックとはいったい何だったのだろうか。一つには、きわめて政治的なもよおしであったとはいえよう。ヒトラーの意図にのっとった大会であった。ナチスのプロパガンダとしての大会である。また、この時の記録映画は、「民族の祭典」として、現代にまで語り継がれる「名作」でもある。

このドラマを見ていて感じることだが、オリンピックとナショナリズムを、かなりさらりと描いている。(ただ、私は、ナショナリズムを悪いものだと思っているわけではないが。)この回で描いていた、マラソン。結果としては、「日本」が一位で、日章旗があがることになるのだが、しかし、選手として出場したのは、「朝鮮」の選手であった。このあたり、このドラマの前半を四三というマラソン選手を中心に描いてきて、ではベルリンのマラソンをどう描くか気になっていたのだが、意外とあっさりとしたものだった。いたずらに、「日本」の、あるいは、「朝鮮」の、それぞれのナショナリズムを、刺激することのない描写であった。これは、あえて、孫基禎、南昇竜、これらの登場人物を、ここまで登場させずに、ベルリンの記録映像によって表現したことがあるだろう。また、「日本」の勝利と同時に、これは、足袋屋である播磨屋の勝利として描いていたこともある。

この回を見て思うことは、(あるいは、今までの放送を振り返ってもそうなのだが)、実際のオリンピックの記録映像と、ドラマの部分を、うまく組み合わせて作ってある。そのことによって、史実「実」に忠実であると思わせながら、ドラマとしては「虚」の部分を描くことに成功している。

それから、東京オリンピック招致がきまった経緯。なんとか、アジア初のオリンピックを実現させることができた。しかし、そのオリンピックは、開催されないでおわり、本当に開催となるのが、一九六四年の東京大会であることは、分かっていることなのだが。

このオリンピック招致の部分を見ていて感じるのは、来年二〇二〇年の東京オリンピック開催への、批判的精神である。いったい何のためにオリンピックを開催するのか、その意義を問いかけるものになっている。

そして、オリンピック開催の意義、また、その時々の国際情勢のなかで揺れうごくオリンピック、そして現代のオリンピックでは巨大なビジネスもはたらいている。だが、このようなものとは無縁なものとして、個々の選手の活躍がある。このドラマは、この個々の選手の活躍を、選手の心情によりそって描いている。オリンピックの開催については、いろいろ議論はあっても、選手は競技にうちこんでいる。そのようなものとして、これまでの四三の物語があったし、また、嘉納治五郎の存在も、スポーツの精神を象徴するものであろう。

次回、いよいよ、前畑がんばれ、である。楽しみに見ることにしよう。

追記 2019-09-24
この続きは、
やまもも書斎記 2019年9月24日
『いだてん』あれこれ「前畑がんばれ」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/24/9157104

『人生のちょっとした煩い』グレイス・ペイリー/村上春樹訳2019-09-18

2019-09-18 當山日出夫(とうやまひでお)

人生のちょっとした煩い

グレイス・ペイリー.村上春樹訳.『人生のちょっとした煩い』(文春文庫).文藝春秋.2009 (文藝春秋.2005)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167705725

つづきである。
やまもも書斎記 2019年9月16日
『村上朝日堂』村上春樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/16/9154069

このところ、村上春樹の翻訳小説、その合間に「村上朝日堂」のような軽い感じの作品、といろいろと読んでいる。翻訳としては、『フラニーとズーイ』につづけて読んだことになる。

やまもも書斎記 2019年9月14日
『フラニーとズーイ』村上春樹訳
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/14/9153219

この作品(短編集)、もし村上春樹が訳していなかったら生涯、手にとることはなかっただろうと思う。しかし、読んで損をした気分にはならない。充実した読後感のある作品である。

著者は、ロシア系ユダヤ人の女性作家、ニューヨークに生まれた。寡作な作家で、作品集としては、ここでとりあげた『人生のちょっとした煩い』をふくめて三冊しか本(小説)を出していないという。だが、アメリカにおいては、強烈なファンが多くいるらしい。

本の刊行された順でいうと、日本語訳の『人生のちょっとした煩い』が、最初に出た作品集になる。日本での翻訳では、二冊目の『最後の瞬間のすごく大きな変化』の方が先に刊行になっている。これも村上春樹訳である。

読んでみての読後感としては……たぶん「短編小説」という文学の形式が、二〇世紀後半のアメリカにおいて実をむすんだ傑作とでも言うことができようか。しかし、はっきり言って、よくわからない、難解な作品もある。

とはいえ、なかには、おそらくは第二次大戦後のアメリカのニューヨークの、ある種類の人びとの日常にまつわる感覚を見事にとらえていると感じさせる作品がある。小説を読む面白さの醍醐味があると言っても過言ではない。それを「短編小説」という形式の文学でもって、見事に描き出している。なるほどアメリカにおいて熱烈なファンがいるのも道理とうなづけるところがある。

つづけて、二冊目の短編集『最後の瞬間のすごく大きな変化』を読んでみたい。

追記 この続き(村上春樹)は、
やまもも書斎記 2019年9月20日
『村上朝日堂の逆襲』村上春樹・安西水丸
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/20/9155648

リョウブ2019-09-19

2019-09-19 當山日出夫(とうやまひでお)

本当は、昨日、掲載するつもりでいて忘れてしまっていた。一日おくれて、花の写真の日。今日は、リョウブである。

前回は、
やまもも書斎記 2019年9月11日
アジサイ
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/11/9152149

我が家の近辺の南箇所かに花をつける。木に咲く花である。夏のそろそろ暑くなりそうな時期に花をつける。いつも自動車でとおる道の上の方に、白い花が咲くのが目にはいる。調べてみると、リョウブであるらしい。

日本国語大辞典(ジャパンナレッジ)を見る。

リョウブ科の落葉小高木。各地の山地に生え、庭木ともされる。

とあり、さらに説明がある。用例は、俳諧・をだまき(元祿四年本)(1691)、和漢三才図会(1712)から見える。近世から、この名前で呼ばれていたらしい。

『言海』にもある。

りゃうぶ 令法 名 〔古ヘ、令シテ、葉ヲ饑饉ニ備ヘシメタレバ名トスト云、或ハ料蒲ナド書ス〕 ハタツモリ。樹ノ名、山茶ノ屬、山野ニ自生ス、高サ五七尺、樹皮、灰白ニシテ、葉ハ茶或ハ櫻ノ若葉ニ似テ、柔ニシテ細鋸齒アリ、五七葉、枝ノ端ニ聚リツク、若葉ハ飯ニ雜ヘテ食フベシ、-飯トイフ、秋、枝ノ梢ニ、四五寸ノ穗ヲナシ、五瓣ノ小白花、垂リ開ク、實、圓ク小ク、熟スレバ褐色ナリ。

ただ、『言海』には、秋に花を咲かせるとある。これはどうなのだろうかと思う。

夏の暑くなるころに花を咲かせた。何回か写真を撮りに行ったりしたのだが、そのうち、雨が降ったり、猛暑になったりで、カメラを持って散歩に行くことがなくなってしまった。ここに掲載の写真は、夏の暑くなる前に写しておいたものである。

リョウブ

リョウブ

リョウブ

リョウブ

リョウブ

リョウブ

Nikon D500
AF-P DX NIKKOR 70-300mm f/4.5-6.3G ED VR

追記 2019-09-25
この続きは、
やまもも書斎記 2019年9月25日
キキョウ
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/25/9157548

『村上朝日堂の逆襲』村上春樹・安西水丸2019-09-20

2019-09-20 當山日出夫(とうやまひでお)

村上朝日道の逆襲

村上春樹.安西水丸.『村上朝日堂の逆襲』(新潮文庫).新潮社.1989 (2006.改版) (朝日新聞社.1986)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100136/

続きである。
やまもも書斎記 2019年9月18日
『人生のちょっとした煩い』グレイス・ペイリー/村上春樹訳
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/18/9154935

やまもも書斎記 1019年9月16日
『村上朝日堂』村上春樹・安西水丸
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/16/9154069

この本も、村上春樹と安西水丸の共著である。「文」とも「絵」とも書いていない。とはいえ、読むとき、どうしても、文の方……村上春樹……を、中心に読んでしまうことになるのは、いたしかたのないことかもしれない。

この本も、村上春樹の文学を理解するうえで、かなり重要なことがらがいくつか目につく。

たとえば、村上春樹と政治の問題。村上春樹は、きわめて政治的な文学であるともいえると思うのだが、選挙に行くことはないとある。しかし、政治に無関心ということでもないようだ。このあたり、村上春樹文学の政治性ということを考えるうえで、重要になってくるにちがいない。

それから、批評について。村上春樹は、自分の書いた作品についての批評には関心がないとある。まあ、文学者、創作にたずさわる人間としては、はたからどのように見られているか、関心の外のことであると言ってしまえばそれまでだが、このような箇所も、村上春樹文学の理解のうえでは、意味のあることかもしれない。

さらに、交通ストのこととか、走ることとか、映画のこととか……読んでいて、なるほどと感じるところが多々ある。なるほどとは思うが、さて、これが村上春樹文学とどうかかわるのかとなると、見当がつかない。ただ、読んで楽しい文章もある。

この本に「スパゲッティ小説」ということばが出てくる。スパゲッティをゆでている間に読むのに適している本というほどの意味である。(内田樹の書いた、村上春樹についての文章のなかに「パスタ本」という言い方がしてあったと思うのだが、ここのことなのだろうか。)まさに、この『村上春樹道の逆襲』こそ、「スパゲッティ本」にふさわしいのかもしれない。どの文章も短い。後味の悪い読後感とかが残るような文章ではない。さっぱりとした読後感の文章ばかりである。

ともあれ、この作品が刊行になったのは、1986年(朝日新聞社)。冷戦終結の前である。村上春樹の文学が世界的に読まれるようになったのは、冷戦終結後のことと思っている。その目で読んでみて、初期の村上春樹、まだ、世界的に読まれるようになる前の村上春樹の、ものの考え方を理解するうえで、きわめて面白い作品になっていると思う。

さて、次は、翻訳にもどって、『その日の後刻に』(グレイス・ペイリー)である。

追記
この続きは、
やまもも書斎記 2019年9月21日
『最後の瞬間のすごく大きな変化』グレイス・ペイリー/村上春樹訳
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/21/9155949