『寒椿』宮尾登美子2020-06-04

2020-06-04 當山日出夫(とうやまひでお)

寒椿

宮尾登美子.『寒椿』(新潮文庫).新潮社.2003(中央公論社.1977 中公文庫.1979)
https://www.shinchosha.co.jp/book/129316/

去年から、宮尾登美子の作品をまとめて呼んできた。そのなかで買ってはあったが、読みそびれておいたままになっていた。ようやく全編に目を通すことができた。

この本は、たぶん、昔読んでいる。書誌を書いて、中公文庫で出ていた作品であることがわかるので、おそらくそれで読んだのだろう。読んでみて、記憶にのこっているいくつかのシーンがあった。

収録してあるのは、四つの短篇。

小奴の澄子
久千代の民江
花勇の貞子
染弥の妙子

舞台は主に高知である。子方屋の松崎で育った四人の女性の、流転の人生を描いている。読んで思うことは、次の二点になるだろうか。

第一には、他の宮尾登美子の作品とも共通するが、芸娼妓の世界を描いている。花柳界と言ってもいいのかもしれない。もっとありていにいえば、人身売買と売春の世界である。そのなかで、それぞれに、人生の生きがいもあり、意地のようなものもあり、また、あきらめもある……さまざまな人間模様が、四人の女性のそれぞれの視点から描かれる。

第二には、そのような苦界とでも言うべき世界に生きる女性を描きながら、そのそこにある、人間を見る目の、やさしさと冷酷さ。あるいは、人間が生きていく上での喜怒哀楽のすべてを凝縮したような、それぞれの人生とでも言えるだろうか。

以上の二点、これまで読んできた宮尾登美子の作品に共通するところを、この作品にも感じる。そして、おそらくは、『櫂』や『岩伍覚え書』のような作品を書いた視点があるからこそ、さらに、花柳界の女性たちを描きながら、人間が生きていくうえでの様々な情感を、冷徹に、しかし、細やかな感情をこめて描き出してある。

また、この作品のなかには、戦前の満州のことも出てくる。芸娼妓という世界は、大陸にまで及んでいたということを、あらためて認識させてくれる作品ともなっている。かつての日本には、この作品に描かれたような、人びとがいた時代があったということは、忘れてはならないことだろうと思う。

2020年6月3日記