『秀吉』あれこれ2020-07-14

2020-07-14 當山日出夫(とうやまひでお)

麒麟はまだこない。この週は過去の大河ドラマから。『秀吉』であった。

私は、この放送のことは覚えている。部分的には見ているように記憶しているのだが、全部をとおしてそんなにきちんと見ていたということではない。秀吉のつかっていた「心配御無用」は見た記憶がある。

『麒麟がくる』との関係でいえば、気になるのは次の二点だろうか。

第一には、ライバルとしての光秀と秀吉。

『麒麟がくる』の方でも秀吉は登場している。が、まだ表だってドラマの中心に出てきているということはない。今後、ドラマが再開して、さて、光秀と秀吉の関係をどのように描くことになるのだろうか。

第二には、光秀の人物造形。

光秀はいろんな描き方ができると思う。単なる謀反人として描くこともできれば、理想を追い求めた戦国武将のひとつの姿として描くこともできる。『秀吉』では、光秀にはそれなりの理想の国のあり方があったように描かれていた。では、『麒麟がくる』の光秀は、どうであろうか。まだ、信長と面識を得た程度のところで、ストップしている。これから、足利将軍家が出てきて、それから、信長の家臣団の一員としての働きになるのであろう。

ここで思い描く理想の国の姿……それを象徴するのが「麒麟」ということになるのだろうが……において、信長、秀吉、その他の戦国武将とどのような、関係をみせることになるのか。

以上の二点が、これから再開するであろう『麒麟がくる』との関係で、思ったことなどである。

ところで、『秀吉』では、光秀の母は殺されるのだが、『麒麟がくる』ではどうなるのか。このあたりの脚本の作り方も、気になるところである。

それにしても、COVID-19は、依然として収まる気配がない。無事に収録が再開できればいいのだが、予断を許さない状況といえるかもしれない。しばらく気長に、放送の再開を待つことにしようと思う。

2020年7月13日記