『盤上の向日葵』柚月祐子2020-10-10

2020-10-10 當山日出夫(とうやまひでお)

盤上の向日葵(上)

盤上の向日葵(下)

柚月祐子.『盤上の向日葵』(上・下)(中公文庫).中央公論新社.2020 (中央公論新社.2017)
https://www.chuko.co.jp/bunko/2020/09/206940.html
https://www.chuko.co.jp/bunko/2020/09/206941.html

柚月祐子という作家は、良質のエンタテイメントが書ける作家だと思う。この作品、出たときに話題になった本であるという認識はもっていた。が、なんとなく手にしそびれてしまっていた。このたび、中公文庫版で上下二冊で出たので、これで読んでみることにした。

読み始めて、ふと思い浮かぶのは、松本清張の著名な作品である。たぶん、犯人はこの人物なんだろうなあ、そして、それを追いかける刑事たちのことがでてくるんだろう……と思って読み進めることになった。

この小説は、二つのストーリーが平行して進行する。一つは、山中で発見された死体。その死体と一緒に埋められていた将棋の駒。これは、どうやら世に希な逸品であるらしい。この将棋の駒を追って、捜査をすすめる刑事たち。他の一つは、信州の諏訪で、父親から虐待をうけている少年の話し。貧しいのだが、頭脳は優秀である。将棋に興味がある。それを見出した、ある男性が、その少年の世話をやくことになり、また将棋をおしえる。やがて少年は、東京に出て東大にはいる。そして、将棋の世界にかかわっていくことになる。

二つのストーリーが並んで進んでいって、最後に一緒になったところで、事件の真相があきらかになる。小説の作り方としては、月並みではあるが、しかし、そこは柚月祐子ならではの、筆力である。読者を、物語のなかにひきずりこんでいく。巧い書き方である。

ただ、読んでいてちょっと気になったのが、時代設定。平成のはじめごろにしてある。これは、いったい何の意図があってのことだろうと思って読んでいた。文庫本の解説を書いているのは、羽生善治である。これを読んで、なるほど、この時代設定でなければ、このような将棋の世界はありえなかったのかと、納得がいく。

それから、どうでもいいことだが……この文庫本には、大量の誤植がある。中央公論新社のHPに正誤表が掲載になっている。たぶん、本の作り方としては、先に単行本が出たときの組版データを流用して、文庫本にしているはずだと思うのだが、いったいどのような手続きで組版すれば、このような誤植になるのか、そこが、ある意味で興味深い。

しかし、私は、将棋については、とんと素人である。駒の動かし方、最初の並べ方をかろうじて知っている程度である。とても、その駒を進めて勝負するところの描写を理解するにいたらない。これは、誤植があっても、ほとんど意味のないことなので、そのまま読むことにした。

2020年10月9日記