『正義と微笑』太宰治/新潮文庫2020-11-27

2020-11-27 當山日出夫(とうやまひでお)

パンドラの匣

太宰治.『パンドラの匣』(新潮文庫).新潮社.1973(2009.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100611/

続きである。2020年11月26日
やまもも書斎記 
『ろまん燈籠』太宰治/新潮文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/11/26/9320520

新潮文庫版の『パンドラの匣』には、「正義と微笑」と「パンドラの匣」の二編をおさめる。まずは、「正義と微笑」から。

この作品を読んで、その文章のみずみずしさに驚く。太宰治は、こんな作品も書いていたのかと思う。主人公は、旧制の中学生。その中学時代のことから、卒業してR大学への入学、それから、劇団の試験をうけるまでが描かれる。

戦時中の作品である。この時代背景において、なんと明るい青春小説を描いていることかという感想をもってしまう。刊行は、昭和一七年である。時代背景を考えてみて、よくこんな小説を書いていたものだと、まず思う。

だが、ここに描かれているのは紛れもなく太宰治の文学世界でもある。ちょっと自意識過剰というべき中学生……少年から青年になりかけ……の心情を、みごとに、日記という形式でもって描写している。

私が、この作品を読むのは、初めてになる。書誌を書いてみて、これが、一九七三年に刊行されていることに気づく。ちょうど高校生のときのことになる。そのころ、太宰の他の作品のいくつかは読んでいたと思うのだが、高校生から大学生にかけて、この作品は手にすることなくすごしてしまってきた。もし、若いときにこの作品を読んでいたら、どんな感想をいだいたことだろうかと、この歳になって思う。

強いていうならば、「若さ」というのは、本当に若いときには、それを描けないものかもしれない。もう若くなくなってしまってから、すでに失ってしまったものとしてしか、描くことができない、そんなものであると思う。また、それを読むとき、自分が若いときに読むか、歳をとってから読むかでも、印象がちがってくる。

私の歳になって読んで見て……この小説は「若さ」を描いた作品であることを、しみじみと感じる。また、同時に、この作品を書いている作者(太宰治)自身も、ある意味でまだ若い。少なくとも、老年ということを感じさせない。

続けて、『パンドラの匣』を読むことにしたい。

2020年11月20日記

追記 2020-11-28
この続きは、
やまもも書斎記 2020年11月28日
『パンドラの匣』太宰治/新潮文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/11/28/9321130