『JR上野駅公園口』柳美里2020-12-26

2020-12-26 當山日出夫(とうやまひでお)

JR上野駅公園口

柳美里.『JR上野駅公園口』(河出文庫).河出書房新社.2017(河出書房新社.2014)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309415086/

話題の本ということで読んでおくことにした。結果的には、なるほどこの作品が評価される理由が納得いったというところである。

およそ文学的想像力というのは、声を代弁するところにある。声を出さない人びと、あるいは、もう声を出すことのできない人びと、そのような人びとのこころにうちに入りこんで、その思いの底にあるものを、紡いで語り出し物語として語ることに、その意味がある。この意味において、この作品は、二一世紀の初めにおける、文学作品のなかで傑出しているといっていいだろう。

JRの上野駅には、東京に行ったときに時々行くことがある。使うのは、主に公園口である。目的が、博物館などであったりすることが多いので、どうしてもここを多く使う。

しかし、その上野公園に多くのホームレスの人びとが居住していることは、視野にはいってはいなかった。いや、目にはしていたのだろう。だが、それをそれとして認識することがなかったのである。多くの人びとにとって、同じようなことではないかと思う。

その上野公園を舞台にして、ホームレスの人びとの生活誌を描いている。そのホームレスとしての生活のみならず、東京に出てくるまでの故郷のことも丹念な描写がある。

なぜ、ホームレスの人びとは、そのような生活をすることになっているのだろうか。公共の生活援助の手段がまったく無いわけではない。そのような生活をえらびとる、何かそうせざるをえなくさせるものがある。そのこころのうちに、この小説のまなざしはとどいている。

そして、この小説は、東日本大震災の犠牲者への鎮魂の作品にもなっている。これほど深く、魂のうちにはいりこむような鎮魂の文学は希有というべきであろう。

全米図書賞ということで有名になった作品ではあるが、これをきっかけに多くの人びとに読まれていい作品であると思う。また、他の柳美里の作品も読んでおきたいとも思ったりもする。

なお、文庫本の解説を書いているのは、原武史。平成のときの天皇(現在の上皇陛下)のもつ権力性を、読みとっている。一般には国民にひろく慕われている上皇陛下であるが、この作品に描かれたような側面も、同時にもちあわせているのが、象徴天皇制であることに、思いをいたす必要がある。

2020年12月25日記