『幻燈辻馬車』山田風太郎2021-04-08

2021-04-08 當山日出夫(とうやまひでお)

山田風太郎明治小説全集(2)

山田風太郎.『幻燈辻馬車』(山田風太郎明治小説全集第二巻).筑摩書房.1997(文藝春秋.1976)

続きである。
やまもも書斎記 2021年4月1日
『警視庁草紙』山田風太郎
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/01/9362594

続けて山田風太郎を読んでいる。(小川洋子を集中的に読もうと思って、本は買って書斎につんであるのだが、しばらく山田風太郎を読んでいる。)

『幻燈辻馬車』も、若いときに読んでいる。これは、単行本で読んだろうかと思うが、どうも記憶がさだかではない。が、その後、二~三回は、繰り返して読んでいる(これは、そのときに手に入る文庫本で読んだ。)

山田風太郎の明治伝奇小説のなかで、怪奇ということをあつかった異色作であるかもしれない。なにせ、幽霊が出てくる。それもただ幽霊が出てくるというだけではなく、鬼気迫るものがありながらも、どこかしらユーモアも感じさせる。

むろん、この小説のメインの登場人物は、干潟干兵衛。元、会津藩士である。時代は、明治の一〇年をしばらくすぎたころ。まだ、西南戦争のなごりの残る時代である。自由民権運動の時代である。干兵衛は、西南戦争に参加した経歴がある。若いころには、明治維新の戊辰戦争を戦っている。このような干兵衛は、明治の進取の時代からすれば、敗残者といってよいのかもしれない。

この小説は、明治維新、文明開化の時代を、時代に取り残された敗残者の目から描いている。先に読んだ、『警視庁草紙』と同様、明治という時代にあって、その時代の流れについていけない、あるいは、ついていくことをいさぎよしとしない、強いていえば、時代から敗れ去った人間を描いている。

そして、この小説に出てくる自由民権運動も、かならずしも、(いまでいう感覚の)正義の運動ばかりとしては描かれていない。この小説の発表された当時の用語でいうならば、過激派学生運動にたとえるところもある。自由民権の活動も、また、明治維新にのりおくれたものの、時代への抵抗のうごきとして見ているところがある。

今回、この小説を、読みかえしてみて気づいたこととしては……登場する幽霊の持っているなんとなくユーモアのある雰囲気、それに、自由民権運動へのある意味での冷めたまなざし、というものであろうか。ここには、山田風太郎なりの「歴史」を見る目がたしかにある。

読みながら思わず付箋をつけた箇所がある。「人の世に情けはあるが、運命に容赦はない。」

この小説は、「歴史」のなかにある人間に与えられた「運命」の過酷さを描ききっているといえるかもしれない。このようなところは、やはり「不戦日記」の作者ならではのものと感じる。

2021年4月2日記

追記 2021-04-15
この続きは、
やまもも書斎記 2021年4月15日
『地の果ての獄』山田風太郎
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/15/9367360