新・映像の世紀(5)「若者の反乱が世界に連鎖した」2021-07-16

2021-07-16 當山日出夫(とうやまひでお)

新・映像の世紀(5) 「若者の反乱が世界に連鎖した~激動の1960年代~」

続きである。
やまもも書斎記 2021年7月9日
新・映像の世紀(4)「世界は秘密と嘘に覆われた~冷戦~」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/07/09/9396202

この回は、一九六〇年代の東西冷戦の時代のころから、ベルリンの壁の崩壊まで。ちょっと編集に無理があるかなと感じるところがないではなかった。一九六〇年代の若者の反社会的、反体制的な動きから、中国の文化大革命、さらには、天安門事件、フランスの五月革命などを経て、一九八九年のベルリンの壁の崩壊までは、確かに、若者がある意味で主役であったかもしれないが、それでひとくくりにするのは無理があるかなと感じないでもない。

ところで、久しぶりに、毛沢東の映像を見たかと思う。これまで、「映像の世紀」などのおいても、あまり毛沢東は登場してきていなかった。また、天安門事件のことを大きくとりあげていたのも、印象に残る。今、日本の主要メディアは、中国に配慮してか、天安門事件のことについて、正面から大きくとりあげることはあまりない。

かつては、日本においても、毛沢東が英雄視される時代があったのである。その時代のことは、私の記憶のうちにあることになる。

映像記録だから分かることとして、ゲバラが本を読んでいるシーンがあったが、そのタイトルにあったの文字は、ゲーテであった。

一九六〇年代は、日本においても若者の反抗の時代であった。これについては、日本においては、歴史の彼方のことになってしまったともいえるし、あるいは、まだ、歴史的に評価の難しいところでもあるのかもしれない。

この回で描いていたのは、若者であったかもしれないが、さらに、もう一つの主役として登場してきていたのが、メディア、それもテレビである。ベトナム戦争は、テレビでほとんどリアルタイムで見ることのできた戦争ということになる。

そして、メディアの発達が、ペレストロイカになり、さらには、ベルリンの壁の崩壊につながったというのは、その時代を生きてきた人間なら、感じ取ってきたことであろうと思う。映像の世紀というが、それは、すなわちメディアの時代である。特に、映画から、テレビになり、さらには、インターネットになる時代、二一世紀はどのような時代になり、どのような記録映像を残すことになるのであろうか。

次回は、その新しいメディアの時代を描くことになる。

2021年7月13日記

追記 2021年7月23日
この続きは、
やまもも書斎記 2021年7月23日
新・映像の世紀(6)「あなたのワンカットが世界を変える」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/07/23/9400708

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