『本当の翻訳の話をしよう 増補版』村上春樹・柴田元幸2021-08-02

2021-08-02 當山日出夫(とうやまひでお)

本当の翻訳の話をしよう

村上春樹・柴田元幸.『本当の翻訳の話をしよう 増補版』(新潮文庫).新潮社.2021 (スイッチ・パブリッシング.2019)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100176/

以前に『本当の翻訳の話をしよう』として出ていた本を、大幅に増補して文庫にしたものである。

村上春樹の本は、そのほとんどを読んでいるつもりだが、この本はまだ読んでいなかった。他に、翻訳で未読のものがかなりあるのだが。

手に取って、ほぼ一気に読んでしまった。この本は、気楽に読めるように編集してあるが、なかなか興味深い内容である。

第一に、翻訳論として。

柴田元幸はいうまでもなく、村上春樹もまた翻訳の仕事を多くしている。このふたりは、他の翻訳関係の本も出していたりする。が、ともに翻訳家として、現代文学、特に、アメリカの現代文学の翻訳については、重要な位置をしめることになる。

その二人の語った翻訳論として読んで、面白い。究極的には、翻訳は可能か……このような問いがどうしてもつきまとうことになるのだが、これに対しては、肯定的に考えている。言語による表現である以上、それは、他の言語におきかえることは、不可能ではないというのが、両者の立場である。

第二、村上春樹の小説論として。

無論、村上春樹は小説家である。その小説家の目で、本を読み、また、翻訳をしている。ところどころに見られる、小説家としての村上春樹ならではの発言が面白い。なるほど、このようなものの考え方で、小説家の村上春樹は作品を書いているのか。あるいは、村上春樹は、こんな本を読んできたのか、いろいろと興味のたねはつきない。

以上の二点のことを思って見る。

この本を読んで、翻訳で文学を読むのも、そう悪いものではないな……今更ではあるが……と、思うようになった。また、近代の日本文学が、翻訳から多大の影響をうけていることが、実感される内容にもなっている。

私の専門領域……国語学、日本語学ということになるが……とのかかわりでいうならば、柴田元幸の「日本翻訳史 明治編」は、よくできている。近代日本の翻訳、文体、語彙などの成立事情について、非常に分かりやすく、しかも、学問的な基本をふまえてまとめてある。このあたりなどは、日本語学を専門に勉強しようという学生が読んでも、かなり参考になるところだと感じる。

さて、前期授業も終わりである。レポートの採点はあるのだが、夏は夏でまとまって本を読みたい。ここは、新潮文庫の村上柴田翻訳堂のシリーズを読んでみようかという気がしてきている。このシリーズ、以前にそのいくつかを手にしたことはあるのだが、全部は読んでいない。この機会に、あらためて、全部を通読してみたいと思う。(他に、多和田葉子など読んでおきたいとも思っているのだが、さてどうなるか。)

2021年7月21日記