『怒りの葡萄』(上)ジョン・スタインベック/黒原敏行(訳)2021-08-28

2021-08-28 當山日出夫(とうやまひでお)

怒りの葡萄

ジョン・スタインベック.黒原敏行(訳).『怒りの葡萄 新訳版』(上)(ハヤカワepi文庫).早川書房.2014
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/310080.html

何十年ぶりかで読んでみた。昔読んだのは、中学生だったか、高校生だったか。大学生にはなっていなかったと思う。昔の文庫本で読んだ。

一九三〇年代のアメリカ。大恐慌の時代である。その時代は、同時に中西部の農村が干魃にみまわれた時代でもある。このあたりのことは、先日再放送で見た「映像の世紀」で見た。そのなかで、『怒りの葡萄』からの引用もあった。

昔読んだときの印象で覚えているのは、疲弊していく農村。そこから脱出する一家の自動車の旅。このあたりのことはうっすらと記憶にあったのだが、細部にわたって記憶していたということではない。

『怒りの葡萄』は、近代のアメリカ文学を代表する作品の一つであることは、今では文学史の知識として知っている。だいたいの文学史的な位置づけは分かって読みなおしてみたということなのだが……読んで、なるほどこれがアメリカの文学の一つのあり方かと思うところがある。

この作品の軸の一つになっているのは、近代への批判である。第一次世界大戦後の繁栄をきわめたアメリカ、だが大恐慌がおそう。そして、同時に農村も疲弊する。そこにやってくるのは、近代化された大土地所有と近代的な機械化された農業である。昔ながらの小規模農家は生きるすべを失ってしまう。

根底にある発想としては、いわゆる農本主義的な考え方があるといっていいのだろう。大地に根づいた人びとの生き方こそ、本来のものであるとする。それを近代という時代は打ち砕くことになってしまう。

文庫本は、上下二巻に作る。上巻を読み終えたところで、ジョード一家はようやくカリフォルニアにたどりつく。さて、これから、この人びとをどんな運命が待ち受けていることになるのか、続きを読むことにしよう。

2021年8月22日記

追記 2021年8月30日
この続きは、
やまもも書斎記 2021年8月30日
『怒りの葡萄』(下)ジョン・スタインベック/黒原敏行(訳)
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/08/30/9416844