『少将滋幹の母 他三編』谷崎潤一郎/中公文庫2022-01-14

2022年1月14日 當山日出夫(とうやまひでお)

少将滋幹の母

谷崎潤一郎.『少将滋幹の母 他三編』(中公文庫).中央公論新社.2021
https://www.chuko.co.jp/bunko/2021/07/207088.html

中央公論新社から、谷崎潤一郎の「全集」が刊行になっている。これは買っていない。買っても、どうせ全部を読むことはないだろうと思っていたことと、谷崎の主な作品は、若いときに読んでいる。いまになって「全集」に手を出そうという気に、いまひとつなれないでいる。

そうはいっても、谷崎潤一郎の主な作品は、読み直しておきたいとも思う。さしあたっては、新潮文庫とか中公文庫などで出ている程度の作品を、集中的に読んでみようかと思っている。(今、読んでいるの『蓼食う虫』である。)

『少将滋幹の母』は、若いときに読んでいる。さて、同じ題材で、芥川龍之介が「好色」という作品を書いていることは知っている。だが、どちらも若いときに読んでいるが、しかし、どっちを先に読んだかは忘れてしまっている。その後、大学生になって国文学など勉強するようになって、平中にかんする説話など読むことにはなった。

収録してあるのは、「少将滋幹の母」「ハッサン・カンの妖術」「二人の稚児」「母を恋ふる記」の四作品。(このように書いてみて思ったのだが、「母を恋ふる記」はタイトルが歴史的仮名遣いのままである。今では、近代の文学作品でも、現代仮名遣いに改める場合、タイトルも変えることになる。新潮文庫版「蓼食う虫」などそうなっている。)

さて、「少将滋幹の母」であるが、何十年ぶりかに読みかえしてみて、こんなにも完成度の高い小説であったかと驚いたというのが、まずは正直なところである。若いときに読んだ印象としては、平中をめぐる説話の数々、それから、平安時代の貴族社会を舞台にした女性の運命と、それを母と慕う子どもの物語……このような感じで読んだかと思う。今になって読みかえしてみて、確かに題材は平安時代にとってあるのだが、そこに描かれているは、近代的な小説と、王朝の物語と説話との融合した、完璧といってよい文学世界であることを、思うことになる。これは、谷崎であるからこそなしえた文学的達成というべきであろう。ただ、題材を王朝の物語、説話にとることなら、芥川龍之介が書いている。しかし、そこに描かれているのは、むしろ近代人の目で見た人間の心理の綾である。

谷崎潤一郎は、この小説において、むろん近代の小説家の目で人間心理を描きながら、同時に、王朝の貴族の世界に入りこんでいる。物語や説話の世界が展開されている。それが、違和感無く融合して、一つの小説としてなりたっている。これは、まさしく傑作としたいいようがない。

新しい中公文庫版には、新聞連載当時の挿絵、小倉遊亀の絵が載っている。これは、非常にいい。「少将滋幹の母」を読むなら、是非とも中公文庫版でといってもいいだろう。

この巻には、他に三編の作品を収録してある。どれも、「母」がテーマの作品である。文庫本として、現代の目から見て、このような編集もありかと思う。

中公文庫版は、中公で「全集」を出したのをつかって、新しく編集、校訂して出したものということになる。この次の巻としては「盲目物語」が出ている。谷崎潤一郎というと、どうしても中公版で読んでおきたいという気にはなるのだが、『細雪』などは、昔の版なので、字が小さい。読むのがつらくなってきている。中公文庫版で出れば買って読むことにして、このたびは新潮文庫版を主に読んでいこうかと思っている。

2022年1月13日記