『痴人の愛』谷崎潤一郎/新潮文庫2022-01-20

2022年1月20日 當山日出夫(とうやまひでお)

痴人の愛

谷崎潤一郎.『痴人の愛』(新潮文庫).新潮社.1957(2003.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100501/

この作品は若いときに手にしたことを覚えているが、もうあまり覚えていない。ただ、読んで、その西洋趣味とでもいうべきものに、いくぶんの違和感を感じたことは記憶している。

読みなおしてみて思うこととしては、次の二点ぐらい。

第一に、悪女小説ということ。

登場する女性(ナオミ)は、なんと言ったらいいのだろうか、悪女、妖婦、毒婦……やや古風なことばで今はあまり使わないと思うが、このようなことばが思い浮かぶ。そして、いったい賢いのか、あるいはそうではないのか、このあたりもはっきりしない。さんざん男をたぶらかし、一方では、もてあそばれ、この女性の本性はいったい何なのか、読み終わってよくわからなくなる。

だが、このような、悪女を描き出したということが、谷崎潤一郎の文学的才能といっていいのだろう。ともあれ、おそらく、日本の近代文学史上にのこる悪女であることはたしかである。その一方で、非常に魅力的でもあるのだが。

第二に、マゾヒズム小説ということ。

なぜ、主人公の男は、この悪女のナオミとわかれることができなのだろうか。追い出してしまえばいいものをと、思わないではない。しかし、その悪女に虐げられること、あるいは、奉仕することに、男は快感を感じている、このように読める。いってみれば、マゾヒズム小説、ということになる。

以上の二つのことを思ってみる。

やはりこの作品は、谷崎潤一郎の代表作の一つといっていい。ただ、ナオミというような希代の悪女のことを除いて、随所に書き込まれた、その当時の時代背景、風俗的描写、このあたりも、興味深いところがある。そして、日本趣味と西欧趣味とが、渾然となっている。このところも、谷崎ならではの文学世界といっていいのだろう。

そして、感じることは、『痴人の愛』のナオミと、『細雪』の雪子と、対照的な女性ではあるのだが、どこか通じるところがあるのかもしれないということである。男を虜にする魅力ということでは、通い合うところがあると感じる。いずれも、谷崎潤一郎の描き出した女性の姿ということにはちがいないが。

2022年1月17日記