『吉野葛・盲目物語』谷崎潤一郎/新潮文庫2022-01-22

2022年1月22日 當山日出夫(とうやまひでお)

吉野葛・盲目物語

谷崎潤一郎.『吉野葛・盲目物語』(新潮文庫).新潮社.1951(2002.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100506/

新潮文庫版の『吉野葛・盲目物語』は、タイトルどおり、「吉野葛」と「盲目物語」を収録してある。「盲目物語」については、中公文庫版で読んだ。ここは、「吉野葛」を読んでおきたくなって手にした。

「吉野葛」も、確か若いときに手にしたような記憶はあるのだが、もう今では忘れてしまっていた。読みかえしてみて、こんな小説であったのかと、思い出したところがある。

吉野……といえば、何を思い浮かべるだろうか。この小説は、「吉野」という土地への憧憬の小説といってもいいかもしれない。そして、「母」の小説である。谷崎潤一郎における、古典趣味、それから、「母」の問題については、おそらく谷崎潤一郎研究において、すでに言われていることだろうと思う。

若いころ、「吉野」にはあこがれたものである。慶應の文学部の国文科で、折口信夫につらなる勉強を経験した身としては、やはり「吉野」は、特別な思い入れがある。万葉の「古代」につらなる「吉野」である。

が、この小説は、万葉の「吉野」ばかりではなく、南北朝時代の「吉野」のこともあつかってある。いや、こちらの方がメインかもしれない。私の世代だと、南北朝時代といわれても、あまりピンとこないところがある。歴史の知識として知っていても、あるいは、南北朝の正閏論についての知識はあるとしても、あまり身近な存在ではない。『太平記』をまとめて通読することも、近年になってからのことである。

『万葉集』を一冊……塙書房の本になるだろうが……を、鞄にいれて吉野など旅をしてみたいと思っていたのは、はるか遠い昔のことである。今、吉野に行こうと思えば、そう遠いところではない。日帰りで十分に行ける。だが、心理的には、なんとなく遠い。今も、私にとって「吉野」というのは、「古代」の土地なのである。

2022年1月21日記