『陰翳礼讃・文章読本』谷崎潤一郎/新潮文庫2022-01-31

2022年1月31日 當山日出夫(とうやまひでお)

陰翳礼讃

谷崎潤一郎.『陰翳礼讃・文章読本』(新潮文庫).新潮社.2016
https://www.shinchosha.co.jp/book/100516/

この本は、次の文章を収録してある。

陰翳礼讃
厠のいろいろ
文房具漫談
岡本にて
文章読本

このうち、「文章読本」については、新潮文庫版が出たときに読んで、思ったことなど書いている。

やまもも書斎記 2016年8月23日
谷崎潤一郎『文章読本』
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/23/8160014

このとき、「陰翳礼讃」について触れることがなかった。「陰翳礼讃」も若いときに手にした記憶がある。たしか、中公文庫版であったろうか。(これは今でも売っているはずである。)

若い時に読んで、たしかに谷崎潤一郎の独特の美意識というものに触れた思いがしたのを思い出す。なるほどトイレについて、谷崎潤一郎のように考えることもできるのか、というのが率直な感想である。

今の時代のトイレは、より明るく清潔感のある感じに作るようになってきている。また、夜の街など、防犯のためもあろうが、明るいに越したことはない。

一方、近年の建築などでは、間接照明が取り入れられていたりし、かならずしも明るいだけの方向性ではないようでもある。

「陰翳礼讃」であるが、これは昭和八年である。この時代の日本はどんなだったろうか。大きな時代の流れとしては、日本的なるものへの回帰という時代であったかもしれない。日本民俗学があり、民藝があり、というような時代背景を考えてみることができるだろうか。この意味では、大きな時代の流れのなかにあって、日本的なものとは何か、それをどう評価するか、という観点から考えてみることもできよう。言ってみれば、日本論の一つとして位置づけることになる。

「文房具漫談」は読んだことがあるように記憶している。原稿は和紙に刷った原稿用紙に、毛筆で執筆する。原稿用紙を印刷するための版木を持って行きさえすれば、外出先で原稿用紙を調達可能である。このような、ことは確か何かで読んだかと覚えている。

なるほど、谷崎潤一郎は、筆で書いていたのか……そう思ってみると、谷崎潤一郎の文章に納得いくような気になる。ペンで書いていた作家としては、夏目漱石とか芥川龍之介が思い浮かぶ。これが、今では、ワープロ執筆が当たり前だろう。ここ数十年の間に、作家の執筆環境というのは、大きく変わってきた。また、印刷技術の方も大きく変わってきている。このあたり、日本語の文章論と絡めて、考えてみると面白そうである。

2022年1月27日記