『細雪 上』谷崎潤一郎/新潮文庫2022-02-04

2022年2月4日 當山日出夫(とうやまひでお)

細雪(上)

谷崎潤一郎.『細雪 上』(新潮文庫).新潮社.1955(2011.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100512/

中公文庫の「少将滋幹の母」「盲目物語」から、新潮文庫収録の小説のいくつかを読んで、最後に『細雪』である。『細雪』は、近年、読みかえしている。

やまもも書斎記 2017年12月1日
『細雪』谷崎潤一郎(その一)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/02/01/8346499

やまもも書斎記 2017年12月2日
『細雪』谷崎潤一郎(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/02/02/8347924

やまもも書斎記 2017年12月3日
『細雪』谷崎潤一郎(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/02/03/8348853

やまもも書斎記 2017年12月4日
『細雪』谷崎潤一郎(その四)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/02/04/8349848

やまもも書斎記 2017年12月5日
『細雪』谷崎潤一郎(その五)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/02/05/8350837

やまもも書斎記 217年12月6日
『細雪』谷崎潤一郎(その六)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/02/06/8351963

また、川本三郎の本も読んでいる。

やまもも書斎記 2020年12月21日
『『細雪』とその時代』川本三郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/12/21/9328814

何年かぶりに『細雪』を読みなおして見て、いろいろ思うことがある。以前に読んだときに確認したことだが、谷崎潤一郎は、この『細雪』(上巻)を、昭和一七年に書いて発表している。だが、これは、発禁処分になった。

その描いている時代は、小説を書いた太平洋戦争中よりも少し前の時代、ちょうど日中戦争が始まったころの、昭和一二年から一三年のことになる(上巻)。この時代、今からふりかえれば、日中戦争がはじまって暗い世相の時代として歴史の上では語られることが多いと思うのだが、しかし、同時に、絢爛たる『細雪』の時代でもある。有名な、京都での花見の場面は、昭和一二年の春のこととして出てくる。

この時代にあって、大阪、阪神間の「中流」の家庭とはこんなものであったのか、と思う。が、これは、谷崎潤一郎がこの小説を書いた時点(太平洋戦争中)では、失われた過去のことになってしまっていた。すでに書いたことだが、『細雪』は、喪失と哀惜の物語である。(このことについては、すでに書いたので繰り返さない。)

今回、読みかえしてみて思ったことなのであるが、谷崎潤一郎の大阪ことば小説として、これは非常に興味深い。『細雪』は、大阪のことば、そのなかでも船場のことばを使った小説として知られているだろうと思う。

しかし、その目……国語学の目といっていいのだろうが……で読んでいくと、必ずしも船場のことばの小説にはなっていない。蒔岡の家族の人びとは、東京のことばもつかう。このあたり、場面によることば……方言……の切り替えが、非常に面白い。昔からの年配の人が相手のときは、船場ことばをつかう。それが、家族同士の場合は、ややくだけたその時代の阪神間のことばといっていいようになる。雪子は、見合いをするのだが、その見合いの場面で使っていることばは、いわゆる標準語、共通語……東京語を基本とする……に近い。

また、「上巻」で雪子は、東京の姉(鶴子)のところに行くのだが、東京でのこととして、雪子は大阪のことばで話しているとある。その鶴子の家族はというと、子どもたちは外(学校)では東京のことば、家では大阪のことばと、使い分けているようだ。

いってみるならば、『細雪』の言語生活……このようなものが浮かびあがってくる。昭和の戦前お時代、大阪において、古風な船場のことばが残っている一方で、ソトのことばとしての標準語、ウチのことばとしての大阪のことば、このような多重の構造になっていたことが観察される。

『細雪』は、上・中・下と、それぞれの巻によって成立の事情がことなっている。このことについては、すでに書いた。そして、それが分かった目で読んでいくと、上巻は、これはこれとして、一つのまとまった物語になっている。昭和一二年ごろの、阪神間の中流家庭の小説としてなりたっていることになる。

2022年1月16日記

追記 2022年2月5日
この続きは、
やまもも書斎記 2022年2月5日
『細雪 中』谷崎潤一郎/新潮文庫
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/02/05/9461416