『細雪 中』谷崎潤一郎/新潮文庫2022-02-05

2022年2月5日 當山日出夫(とうやまひでお)

細雪(中)

谷崎潤一郎.『細雪 中』(新潮文庫).新潮社.1955(2011.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100513/

続きである。
やまもも書斎記 2022年2月4日
『細雪 上』谷崎潤一郎/新潮文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/02/04/9461185

上巻につづけて読んだ。『細雪』は、上・中・下の巻で、それぞれ成立の事情が異なる。中巻は、上巻が発禁処分になってから、戦時中に書き続けられた部分になる。ただし、刊行は、戦後になってからである。

川本三郎は、『細雪』は、雪子ではなく、妙子の物語である……このような意味のことを述べていた。これには、いくぶん同意できるところがある。中巻を読んだ印象としては、この小説の主人公は、妙子ではないだろうかと感じる。この中巻では、雪子の縁談などは進展がないし、雪子もほとんど登場しない。

中巻で圧巻であるのは、神戸の水害の描写だろう。これは、史実をふまえて書いているところになる。日本文学のなかで、自然災害をどう描写してきたかというのは、ある意味で興味深い論点かもしれないが、もしこの論点から考えるとするならば、『細雪』の水害のシーンは、まず取り上げられることになるだろう。

この水害を契機にして、妙子と板倉は関係を深めることになる。だが、その板倉も、中巻の終わりの方で、病気で死んでしまう。

中巻を読んで思うこととしては、次の二点ぐらいを書いておきたい。

第一に、妙子の物語として。

自立する女性として妙子は生きている。手に職をつけ(人形の制作、それから、洋裁)、蒔岡の家から独立して、生きていこうとしている。その妙子に対して、姉たち(鶴子、幸子、雪子)は、さまざまな反応をしめすことになる。妙子に理解をしめし、それを援助するという気持ちもある。また一方で、妙子が「職業婦人」になることを、否定的にとらえる考え方も残っている。

「職業婦人」といえば、蒔岡の家では、女中が何人もいる。だが、その女中たちは、「職業婦人」とは認識されない。ここには、明瞭な身分意識がある。妙子と板倉の結婚話が、なかなか進展しないのも、障害となっている一番の理由は、身分の違いである。

昭和戦前の大阪、阪神間の、「中流」の家庭にあった、身分意識とはこんなものだったのかと、強く思うことになる。これは、現代、二一世紀の時代から振り返ってみれば、因循姑息な発想にちがいないが、しかし、その当時の、この小説の登場人物たちの気持ちとしては、そのようなものだったのであろう。

第二に、戦時中に書かれた作品として。

中巻は、戦時中に書かれた。谷崎は、どう思ってこの作品を書いていたのであろうか。上巻を雑誌に発表した時点で、これは発禁処分になった。このあたりの執筆の事情とか、谷崎の心情とか、谷崎潤一郎研究の分野では、すでに語られているところだろうとは思う。

ともあれ、中巻だけを取り出して読むとしても、昭和一三年から一四年にかけての、妙子の物語、経済的にも、家の因習からも、独立して生きていこうとしている女性の物語として、まとまった作品にしあがっている。

戦時中によくぞこれだけの作品を書いていたものであると、今になって読んでみて、つくづくと谷崎潤一郎の作家としての強靭さを、思うことになる。

以上の二つぐらいのことを思ってみる。

続いて下巻である。いよいよ、雪子の結婚がまとまる部分になる。後期の授業が終わって、残るは採点ぐらいという状況である。続けて下巻を読むことにしたい。

2022年1月20日記

追記 2022年2月7日
この続きは、
やまもも書斎記 2022年2月7日
『細雪 下』谷崎潤一郎/新潮文庫
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/02/07/9461964