『名人』川場康成/新潮文庫2022-03-10

2022年3月10日 當山日出夫(とうやまひでお)

名人

川端康成.『名人』(新潮文庫).新潮社.1962(2004.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100119/

私は、残念なことに囲碁についての知識がまったくない。そのルールも知らなければ、プロ棋士の世界がどのようであるのか、その対局についても、まったく知らない。(そもそも、ゲームの類いに縁のない人間なのである。)

だから、この『名人』という作品を読んでも、本当のところは分からないままなのかもしれないと思う。小説の終わりには、棋譜が掲載になっている。囲碁の知識があって、これを参照して読むことができるならば、きっとこの小説は、随分と面白い作品であるにちがいない。

とはいえ、読んで感銘をうけるところがあるとすれば、次の二点ぐらいがポイントになるだろうか。

第一には、「見る」という視点の設定である。

川端康成の文学は「見る」文学であると言えるだろうか。この小説の語り手は、囲碁の対戦記事を書く記者という設定である。このような人物を設定しなくても、一般の第三人称視点でも十分に小説としてなりたつのであろうが、ここであえて記者という「見る」立場の人物を設定してあることが、作品により深みを与えていることになる。

作品の冒頭近くにある、死体の死に顔の写真を撮るところなど、まさに「見る」文学としての川端康成である。

第二には、囲碁と芸術。

書いたように、私は囲碁についての知識は皆無なのであるが、それでも、読んでいて、その棋士の描写は、印象的である。囲碁という勝負の世界のことでありながら、一方で、それを一種の芸術として見るところがある。芸術としての囲碁というものを描き出したところに、この小説の妙味があるのだろう。

以上の二点が、心にのこることなどである。

解説を書いているのは、山本健吉。それによると、太平洋戦争中からこの作品のもとになるものが書かれてきている。それを戦後になってから完成させて雑誌に発表して一つの作品にした。おそらく川端康成にとっては、囲碁の世界、またそこの棋士や名人というものに、非常に深く傾倒したところがあったにちがいない。

囲碁の世界に美を見出す、これも川端康成の文学ということになる。

2022年2月8日記