『戦場のコックたち』深緑野分/創元推理文庫2022-05-13

2022年5月13日 當山日出夫(とうやまひでお)

戦場のコックたち

深緑野分.『戦場のコックたち』(創元推理文庫).東京創元社.2019(東京創元社.2015)
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488453121

深緑野分の作品としては、こちらの方が先の刊行である。『ベルリンは晴れているか』がよかったので、さかのぼってこれも読んでみたいと思った。

やまもも書斎記 2022年4月15日
『ベルリンは晴れているか』深緑野分/ちくま文庫
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/04/15/9481872

第二世界大戦に参戦したアメリカ軍の兵士のものがたりである。兵士といってもコックである。戦場で食事を作るのが任務である。そのコックたちを主人公にした、戦場ミステリである。そして、傑作である。

読んで思うことはいろいろあるが、二つばかり書いてみる。

第一には、ミステリとしてよくできていること。戦場が舞台なのだが、出てくる謎は、日常の謎である。ミステリだからといって、殺人事件がおこるわけではない。日常の不思議な謎を、コックたちの推理が鮮やかに解きあかす。そして、その謎も日常の謎でありながら、やはり戦場ならではのものである。

そして、連作短篇という形式をとっていながら、全体として大きな物語になっている。このような小説のつくりは珍しいということではないが、しかし、読んでみて巧みに作ってあると感じさせる。全体を通じての大きな謎もまた魅力的なものになっている。

第二には戦場小説としてよくできていること。ここではあえて戦場小説と書いてみた。戦争小説というのとはちょっと違う。たしかに、なかには戦闘場面も出てはくるのだが、全体としては、戦場、また、そのやや後方における、軍隊と兵士の物語ということで展開する。

これが、普通の戦争冒険小説とは、ひと味違った魅力になっている。ノルマンディー上陸作戦から、ベルリンまでの戦場が描かれる。だが、その最前線の戦闘の場面よりも、後方の兵站のことなどが、主に小説の舞台になっている。この意味においては、新しいスタイルの戦争小説といっていいのだろう。

以上の二点のことを思ってみる。

さらに書いてみるならば、この小説を、単なるミステリ、戦場小説としては、今では読むことができない。二〇二二年二月のロシアによるウクライナ侵略からこのかた、戦場、戦争というものが、毎時のニュースで報道されるようになてきている。この社会情勢のなかでは、この小説で描かれている、戦場における兵士たちの描写が、非常に印象深い。ただの小説のなかのこととしては、読み過ごすことができないものがある。

この作品は、今こそ広く読まれていい作品であると思う。

2022年5月12日記

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