『掃除婦のための手引き書』ルシア・ベルリン/岸本佐知子(訳)2022-05-23

2022年5月23日 當山日出夫(とうやまひでお)

掃除婦のための手引き書

ルシア・ベルリン.岸本佐知子(訳).『掃除婦のための手引き書』(講談社文庫).講談社.2022(講談社.2019)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000362905

売れている本ということなので、読んでみることにした。なるほど、この本が売れるのはよくわかるような気がする。大人の読む文学、小説なのである。

著者のルシア・ベルリンは、亡くなってかなりになる。生前は、さほど売れるということがなかったのだが、近年になって再評価の動きがある。そのなかで、講談社が翻訳を刊行することになった。その文庫本である。

全部で二〇ほどの短篇が収録されている。どれも長いものではない。扱われている題材としては、そのかなりが著者の実人生に沿ったものということである。決して平坦な人生ということではなかった。また、社会の上層ということでもない。強いていえば、中層から下層の人びとのなかで暮らしてきたといっていいのだろう。

実人生に題材をとるといっても、日本でいう私小説とは違う。が、このあたりの議論に踏み込んで考えようという気もおこらない。読んで面白ければいい、そう思うようになった。(日本の私小説でも読んで面白ければそれでいいではないかと思うようになっている。)

作品の配列は、おおむね著者の人生をたどって配列されているのかと思う。

読んで感じるのは、生活の実感の文学的表現とでもいっておこうか。だいたい、第二次大戦後のアメリカ社会……それも、強いていえば中層以下の人びとの……における、生活感覚を見事に描き出している。しかも、短篇作品として無駄がない。短い作品のなかに心にのこる場面がある。

このような作品、大人が読んで楽しめる小説というのが、あるいは今の日本文学で一番乏しいものかなとも思う。ここでいう大人の小説は、エンタテイメントとは少しことなる。読んで文学的印象の残る作品としてである。この本が売れているということは、まだまだ日本の文学、出版の業界も望みがあるといっていいだろうか。少なくとも、文学として価値のある作品が読まれるということは、いいことである。

さて、残りの作品が、『すべての月、すべての年』として発売になっている。これも読んでおきたいと思う。

2022年5月14日記

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