『百姓の江戸時代』田中圭一/ちくま学芸文庫2022-07-23

2022年7月23日 當山日出夫

百姓の江戸時代

田中圭一.『百姓の江戸時代』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2022(ちくま新書.2000)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480511263/

この本は、このような指摘からはじまる……かつてあった議論、そして、その余波はいまでも続いているのだが……講座派と労農派という対立があった。要は資本主義の発達段階において、明治維新をどう見るかということのちがいである。だが、この両方に共通していることは、それまでの江戸時代を封建制の時代と規定していることである。はたして、江戸時代という時代は、封建制の暗黒の時代、封建領主の権力による、身分差別の時代であり、農民はただ支配にひれ伏すだけの時代だったのだろうか。

著者は、主に、佐渡をフィールドとして調査している。そこから浮かびあがってくるのは、教科書的に記述される虐げられた農民ではなく、自分の土地を持ち、商業に従事し、村の自治にかかわり、時として、武士にも抗することのある、(今のことばでいうならば)自立した農民の姿である。

歴史学において、「百姓」とはかならずしも「農民」に限らないということは、かつてより言われてきたことだと思う。ではいったいどのような仕事をしていたのか。村のなかで、どのような家族の単位で暮らしていたのか。村の外の他国とは、どのような交易がなされていたのか。この本は、ここのところを実に生き生きと描き出している。

ただ、この本自身がそう書いているように、今の歴史学の大勢としては、歴史の記述が支配者の視点にたったものが多いことは確かだろう。(あるいは、その裏返しとして、社会の中で疎外されることになる少数者に視点を置くという方法論もあるだろうが。だが、これは、一つの歴史観の裏返してであるように私には思われてならない。)

より重要なことは、社会を構成するより多くの人びと、大多数の人びとが、どのように暮らしてきたのか、ということであるはずである。この当たり前のことを、この本は、史料にもとづき、分かりやすく解説してある。

私が若いとき、学生のころにでも、このような本を読んでいたら、ひょっとしたら歴史学に興味をもち、そちらの方向に進んでいたかもしれない、そんなことも思ってみる。

以前、ちくま新書として刊行されていた本の文庫化である。そう大部なものではないが、歴史学を考えるうえで貴重なヒントが多くある本だと思う。

2022年6月17日記