世界サブカルチャー史 欲望の系譜 「アメリカ 分断の2010s」2022-08-08

2022年8月8日 當山日出夫

世界サブカルチャー史 欲望の系譜 アメリカ 分断の2020s

土曜日の夜の放送。録画しておいて、日曜日の早朝にゆっくりと見た。

これまで、この番組でアメリカを中心に「サブカルチャー史」を論じてきた。扱ってきたのは、主に映画である。

アメリカ編の最後、二〇一〇年代、現代という時代を描いたこの回を見て思うこととしては、次の二点ぐらいだろうか。

第一に、カウンターカルチャーの末路。

思い起こせば、五〇年代、六〇年代、それから、七〇年代ぐらい……私の子供のころから若いときということになるが、このころのサブカルチャーは、まさに、カウンターカルチャーであった。それが、資本主義に飲み込まれて消費されるアイテムとなってしまうのが、現代という時代なのだろう。

現代のSNSも、その登場のころは、カウンターカルチャーであった。私は、Twitterは、一〇年以上使ってきているが、その当初のころは、インターネットの片隅で、つまらなことを呟いている、ちょっと変わった人びとの集まるところだった。それが、今では、大きく変貌してしまっている。懐古的に思ってみるならば、その始めのころの、牧歌的な雰囲気はまったく無くなってしまった。

第二は、資本主義。

あるいは、現代においては、新自由主義と言った方がいいのかもしれない。(ただ、番組の中では、私の気づいた限りでは、新自由主義という用語は出てこなかったように思うが。)この時代の大きな流れのなかでは、サブカルチャーもまた、商品の一つの形態にすぎないことになる。

それに抗うことも不可能ではないかもしれない。しかし、歴史的に、少なくとも二〇世紀の歴史を考えてみるならば、現代のサブカルチャーは、資本主義のなかで生きてきたその最後の姿と言ってもいいだろう。もはや、「サブ」カルチャーと言うことさえ、ためらわれる。

以上の二つのことを思って見る。

ふとした興味で、NHKのこの番組を見始めて、続けて見てきた。アメリカ編が終わって思うこととしては、やはり、資本主義の流れのなかにあった歴史ということになる。

さて、次回は、フランスの五月革命のことになるらしい。これは、楽しみに見ようと思う。

2022年8月7日記