世界サブカルチャー史 欲望の系譜 「フランス 興亡の60s」2022-08-15

2022年8月15日 當山日出夫

世界サブカルチャー史 欲望の系譜 「フランス 興亡の60s」

この回は、フランスのこと。一九六〇年代のこと。ヌーベルヴァーグから、五月革命まで。前回まで、このシリーズはアメリカのことが中心であったことを思えば、フランスのことを中心に描いたこの回は、非常に見応えがあるものだったといえようか。

一九五五年(昭和三〇)生まれの私としては、かろうじて記憶にある範囲のことと言っていいだろう。

ゴダールも、トリュフォーも、若い時、学生のころにいくつかの作品を見たかと憶えている。そういえば、大学生になって一年目の教養のとき、フランス語の先生が、「君たちは、トリュフォーの映画も見ないのね」と言ったのが記憶にある。ちょうどその当時は、「ぴあ」が創刊されたころだった。探して、トリュフォーの映画を見に行ったのを憶えている。(ただ、そのタイトルまでは憶えていない。)

「サブカルチャー」ということであったので、サルトルやボーボワールについては軽く触れられるだけだったのだが、五月革命にいたる道筋としては、この時代の背景としては、もう少し踏み込んであったもよかったかもしれない。

ただ、五月革命のことは、そんなに記憶に残っていない。これが、フランス文学など勉強する学生であったならば、かなり注目することになったかと思うのだが、残念ながら、さほど気にすることなく学生時代をすごすことになった。だが、その後、折に触れて、フランスの五月革命のことは、目にすることがあった。

六〇年代、この時代は、アメリカともまた日本とも連動する、世界の動きがあったことになる。この番組は、日本のことを取り上げない方針のようだが(ちょっとだけ、日本の学生運動のことが出てきていたが)、全世界的な大きな動きを感じるところがある。

「世界サブカルチャー史」を見てきて思うこととしては、次の二つぐらいがあるだろうか。

第一には、カウンターカルチャーのこと。六〇年代、七〇年代の、サブカルチャーは、カウンターカルチャーとして見ることができる。それが、資本主義の潮流のなかに飲み込まれていってしまうのが、その後の歴史ということになるだろうか。

第二には、世界的な視点で見ること。アメリカのこと、フランスのことを描きながらも、その流れとしては、世界の特に若者の動きと連動していることである。この意味では、日本の六〇年代以降の学生運動の歴史も、改めて考えるべきところがかなりあるように思える。

以上の二つのことを、最後に思うことになる。

ふと気づいて見始めたシリーズであるのだが、全体としては、非常によくできた番組になっていたと思う。その年代を、あるカラーに染めて見ることは、単純化しすぎてしまう懸念もあるが、総合して見れば、第二次大戦後の世界の文化の歴史のある側面を描くことになっていただろう。

2022年8月14日記