『箱男』安部公房/新潮文庫2022-08-20

2022年8月20日 當山日出夫

箱男

安部公房.『箱男』(新潮文庫).新潮社.1982(2005.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/112116/

安部公房の代表作の一つということで読んでみた。安部公房は、若いころから名前は知っていたし、読むべき作家として考えてはいたのだが、なんとなくその作品に手を出すことなく過ぎてしまってきた。その死のときのことは、はっきり憶えていない。

『箱男』であるが、読んで感じることはいくつかある。二つばかり書いてみる。

第一に、「箱男」という設定。

冒頭で、上野の「浮浪者」のことに言及がある。今で言えばホームレスである。この小説の書かれた時代、まだ「ホームレス」ということばは定着したものではなかった。これは、この作品の本質とはあまり関係ないことかもしれないが、このあたりに時代の流れを感じてしまう。今では、とても、ホームレスの人びとを、この作品のような観点から取り上げることはできないだろう。

ちなみに、現代の文学で、ホームレスを見事に描いた作品というと、柳美里の『JR上野駅公園口』がある。この作品のことを思ってみると、安部公房が『箱男』を書いた時からの、時代の流れを感じる。

第二に、「箱」。

おそらく一般的に理解するならば、「箱」はあの世、異界と、この世界を行き来する乗り物であり、入り口でもある。「箱男」という設定そのものが、もはや、この世のものではないということなのかもしれない。ただ、これは、あまりに通俗的な理解であるかとも思うが。

まずは、以上の二つのことが、読み始めて感じたところである。

読んでいくと、めくるめく物語のシーンは展開する。この小説はいったい何なんだ、という気になってくる。一貫したストーリーの展開で読ませる小説ではない。言ってみれば、かなり実験的な、あるいは、前衛的な構造になっている。

そのなかで特に印象に残るのは、「見る」ということ。「見る」「見られる」という関係この小説では深く描いている。あるいは、この小説全体を通じて何かテーマのようなものを探すとすると「見る」ということであるようにも思われる。

無論、現代社会における孤独、疎外、絶望といったことも感じる。

はっきり言ってよくわからない作品でありながら、思わずに読みふけってしまうところがある。読みながら自分自身の存在の基盤が深く問いかけられる、揺さぶられるよう印象がある。こういうのを文学というのであろう。

まだ、今の時代は、『箱男』を十全に理解することのできない段階にあると言うべきだろう。それほどに『箱男』は先駆的な作品である。

2022年6月23日記