『わたしの渡世日記』(上)高峰秀子/文春文庫2022-11-18

2022年11月18日 當山日出夫

わたしの渡世日記(上)

高峰秀子.『わたしの渡世日記』(上)(文春文庫).文藝春秋.1998(朝日新聞社.1976)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167587024

ちくま文庫の『高峰秀子ベスト・エッセイ』を読んだら、他の高峰秀子の書いたものを読みたくなって手にした。名著のほまれ高い本であることは知っていたが、これまで読むことなくきてしまったものである。

なるほど、これは名著だと思った。何より読んで面白い。そして文章がいい。平明であり、どこなくユーモアも感じさせる。起伏に富んだ文章であると同時に、非常になめらかである。名文である。

もとは、昭和五〇年に『週刊朝日』に連載されたものである。

高峰秀子の半生記という体裁であるが、話題は映画史のみならず、その当時の世相に広く及んでいる。読んでいて、高峰秀子という一人の女優の人生をたどりながら……同時に、昭和の歴史を語っていくことになっている。

読んで思うところとしては、次の二点ぐらいがある。

第一には、映画史の興味。

私は、映画史に疎いのだが、まったく興味がないわけではない。昭和初期から名子役として映画の世界の中で生きてきた高峰秀子の文章によって紡ぎ出されるのは、映画の世界の中の内側にいた人間しか書けない、映画人たちの素顔と言っていいだろう。そして、それを語る著者の語り口は、基本的におだやかで冷静である。が、時として、世間の風評に抗う姿もある。非常に人間的な文章であると言える。

たぶん、この本は、一般的に書かれた映画史のどの本よりも強く人を引きつけるのではないだろうか。

第二には、歴史への興味。

上巻は、昭和のはじめのころから、終戦までである。その当時の世相が生き生きと描かれている。映画の世界のなかからみた昭和史と言ってもいいだろうか。昭和の歴史として一通り知っているようなことについて、まさにその時代にいた人間の体験談、それも、映画という特殊な世界だからこそ見ることのできた、社会の様子が描き出されている。これは、これとして非常に興味深いところがある。

とりあえず、文庫本で上巻まで読んで思うところは以上のようなものである。

先に読んだ『高峰秀子ベスト・エッセイ』と重複する文章もあるのだが、それは気にならない。いや、読んだ記憶のある文章が、全体としてどんな文脈の中で書かれたものであるのか、再確認する意味で、この『わたしの渡世日記』で読んでおく価値はある。

ただ、この本を読んで確認できたこととしては、高峰秀子は、「俳優」ということばを、役者一般の意味で使用している。他に「女優」「男優」のことばも用いているので、特に「女優」を避けているというところはない。これは、映画の世界の用語として、「俳優」が男性、女性ともに使用されてきたことを受けるものであると推測される。現代の意図的にジェンダーへの配慮からもちいる「俳優」のことばとはちょっと違う。

2022年11月11日記

追記 2022年11月26日
この続きは、
やまもも書斎記 2022年11月26日
『わたしの渡世日記』(下)高峰秀子/文春文庫
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/11/26/9543711

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