『らんまん』あれこれ「キンセイラン」2023-04-16

2023年4月16日 當山日出夫

『らんまん』第2週「キンセイラン」

この週まで描いていたのは、万太郎の子供のときのこと。思うことを書いてみるならば、次のことがある。

万太郎のまわりにはいろんな壁がある。武士と町人。本家と分家。峯屋の人びとのなかにある様々な格差、使用人と当主ということなど。それから、男性と女性。これらの壁を万太郎は、素直に受け入れているところもあるが、また、反発するところもある。特に、時代が明治になって新しい時代になってからは、それまでの封建的な身分関係が崩壊することになる。だが、依然として、旧来の格差は残る。(そのなかにあって、裕福な町人の出身ということは、プラスに働いたことだろう。)

これから万太郎が、東京に出て植物学の道を歩むとして、そこでも様々な壁があることだろう。帝国大学のアカデミズムの壁は、そう容易に乗り越えられるものではない。が、最終的に万太郎はそこを乗り越えて大きな業績を残すことになるのだが。

強いてやや古風なことばを使ってみるならば、プチブルの万太郎は自らが階級的矛盾のなかにある、それをどう自覚するか克服するかという課題になる。

また、万太郎は語学の才がある。明治初期の学問である。江戸時代からの本草学の流れと、西洋からの近代科学を融合させたところに、おそらくは万太郎の学問はある。古文、漢文が読めるの当然として、西洋の言語についても知らないといけない。ラテン語も必須になるだろう。

それから、万太郎の植物を見る感覚。それは、単なる図鑑的な知識だけではない。目で見て、手でさわって、場合によっては味を確かめてみる。このことを、蘭光先生から学ぶことになった。

後年の植物学者としての万太郎にとって、必要となる資質は、子供ときから備わっており、また、身につけてきたということになるだろう。

次週以降、成長した万太郎になる。楽しみに見ることにしよう。

2023年4月15日記