ブラタモリ「世田谷」2023-12-06

2023年12月6日 當山日出夫

ブラタモリ 世田谷

東京に住んでいたころ、世田谷にはあまり行ったことがない。そのなかで、一番よく行ったかと思うのは、大東急記念文庫、五島美術館かもしれない。

桜新町には一度だけ行った。東京で、引っ越すことになったとき、その引っ越し先の候補のひとつの建物が、桜新町にあった。(が、結局は、目黒に住むことになったのだが。)

世田谷というと、サザエさんのイメージが強い。長谷川町子が「サザエさん」を書いたころ、世田谷はどんな街だったのだろうか。電車で都心のオフィスに通勤することのできる、郊外の住宅地と思っておけばいいのだろうか。また、これは、「サザエさん」の読者にとって、自分たちの生活と共通するところが必要でもあろう。郊外の一軒家に三世代同居という家族のあり方は、「サザエさん」が書かれた時代にあっては、普通の生活であったと考えていいのだろうか。

世田谷城のことは知らなかった。また、ここを井伊家が治めていたこともこの番組で知った。その当時の代官屋敷が残っていることは興味深い。

世田谷の市のことで思うこととしては、中世の楽市に起源があるらしい。これを記した古文書が映っていたが、一と六の日にひらかれたようだ。ここで興味があるのは、このように日にちを決めて開くなれば、暦というものが一般に普及していないとできない。では、中世の人びとにとって暦とはどんな存在だったのだろうか。(あるいは、このような市の事例から暦の実態を探るということなのかもしれないと思ったりもするのだが。)

世田谷線には乗ったことがない。たぶん、鉄道好きの人間にとっては、とても魅力的な鉄道の一つなのだろうと思う。あいにく、鉄道にはまったく興味がないので、そのあたりの事情は分からないが。

ともあれ、東京の郊外の住宅地の形成と鉄道の関係を考えるうえでは、世田谷あたりは重要な地区になるのかと思う。

2023年12月3日記