映像の世紀バタフライエフェクト「ロシア 暗殺と粛清」2024-03-22

2024年3月22日 當山日出夫

映像の世紀バタフライエフェクト ロシア 暗殺と粛清

一九五五年(昭和三〇)生まれの私としては、時代が変わったものだということを強く実感することになる。私の学生のころまでは、トロツキストということばが、堂々と使われていた。反革命の裏切り者として、罵倒することばとしてである。そのころ、スターリン批判はすでにあったが、それでも、ソ連を信奉する人たちが少なからずいた。(もちろん毛沢東の信奉者も多かった。)

レーニン、スターリン、プーチン、とつづくロシア、ソ連の支配者たちが、どのようにして権力をにぎり、独裁を強めていったのか。そして、その背後にある、粛正と暗殺の歴史をたどっている。

二〇二二年のロシアのウクライナ侵攻まで、おおむね日本のメディアはプーチンに対して好意的であったといえるだろうかと憶えている。侵攻がはじまってからでも、ゼレンスキーを、コメディアン出身の大統領と言っていた、ニュース番組のコメンテーターがいたりした。

それも、ここ二年の間におおきく変わった。

ロシアという国が、独裁によって統治されてきた歴史があり、自由を知らない……番組の最後のことばであるが、なるほどそういうことだろうかと思う。たぶん、同じようなことを、中国に対しても言うことができるだろうとも、私は思う。

さて、今、日本では、政権への支持率の低さが話題になっている。だが、支持率が高ければいいのかというとそんなことはないだろう。重要なポイントは、その政治のシステム、統治のあり方を、国民全体として支持しているかどうか、であるかもしれない。おそらく、今のロシア国民の多くは、今のロシアの統治を支持している。(一部に反体制の動きはあるだろうが。)一方、我が国においても、支持率がひくくても政府が転覆しないのは、多くの国民が、今の統治のあり方にさして不満を持っているというわけではないということになろうか。(無論、政治不信ということはあるのだが。)

この番組は四月以降もつづくようだ。続けて見ることにしようと思っている。

2024年3月19日記

フロンティア「宇宙人はどこにいるのか?」2024-03-22

2024年3月22日 當山日出夫

フロンティア 宇宙人はどこにいるのか?

一月ほど前の放送だが、録画して残してあったのをようやく見た。

天文学にはまったく知識がない。そんなものなのかな、という気分で見たことになる。

宇宙人、地球外高度生命体、について、その存在をまったく否定する合理的理由がない以上、それが存在することを考えてみることに価値がある。おそらく、天文学者のほとんどが、宇宙人の存在を肯定している。少なくとも、まったく否定するということは無い(らしい)。

宇宙人についての研究は、その観測技術の進歩とともにある、ということが理解される。電波望遠鏡の利用、あるいは、宇宙そのものの成り立ちについての理解、これらの技術の開発、科学的知見によって、宇宙人についての考え方も変わってきたことになる。

何よりも重要なことは、宇宙人の存在を考えること、それを探査することは、人間にとって地球とはなんであるか、人間とはどのような存在なのか、根本的な反省をともなうことになることである。人間観、文明、文化、社会、政治、そして、宗教、さらには、神にいたるまで、多くの人文学のかかわる分野に影響をおよぼすことになる。宇宙人について考えることは、人文学の立場からも、重要な意味がある。

コンピュータやAIの発達が、人間観の変革をせまるものであるように、宇宙人とはどんな存在であるのかも、また、最新の技術や科学的知見とともに変化してきたことになるし、これからも、大きく変化していくことだろう。技術の発達、科学の発達が、人間とはなんであるか、生命とはなんであるか、知性とはなんであるか、その問いを常にささえるものになっていることについても、考えることになる。

2024年3月20日記

2024-03-22

2024年3月22日 當山日出夫



2024年3月22日撮影

桜

桜

桜

桜

Nikon D500
TAMRON SP 90mm F/2.8 Di MACRO 1:1 VC USD