『カーネーション』「いつも想う」2024-11-24

2024年11月24日 當山日出夫

『カーネーション』「いつも想う」

時代の背景としては、日中戦争がはじまって、太平洋戦争になるまでの期間ということになる。この時代を、軍部に支配された暗黒の時代と描くこともできる。(司馬遼太郎は、昭和の戦前はきわめて否定的にとらえている)。だが、実際の世相としては、贅沢は禁じられつつあったが、それでもまだ、人びとの生活のなかには余裕のあった時代ということになるだろう。せいぜいパーマネントが贅沢だと言われるぐらいである。

生地の一部に金糸の筋がはいっただけのものが贅沢だということで売れない。困った生地屋が、糸子のところに、どうにかしてくれないかと頼みこむ。糸子は、これを引き受けて、なんとかさばいてみせることになる。

金筋のところを黒い線として別の布でかくして、それを模様にしてしまう。このあたりは、糸子のビジネスの才覚というべきところである。あるいは、デザイナーとしてのセンスの良さでもあろうか。

だが、商売人としてはどうなのだろうか。注文を取れるだけ取ってしまうのだが、それを年内に、仕事を終了できる目処があってのことではなかったようだ。このあたりは、商売人としては、計画性に欠けるというべきであろう。

ここのところをおぎなうことになるのが、店に新しく入ってきた、昌ちゃんである。これから、昌ちゃんが、糸子の店を陰から支える存在となる。

次女の直子が生まれたのだが、この子の子守に苦労することになる。今なら保育園にあずけてということになるかもしれないが、この時代、そう簡単ではない。子守を誰かにたのむことにならざるをえない。金銭的に余裕がある場合は、子守のために小さな女の子を雇う、という時代ということになる。そういえば、『おしん』でも奉公先で子守をしていたと憶えている。

直子があまりにも手のかかる子どもなので、だれも子守をしてくれない。しかたなしに、夫の勝の実家にあずけることにする。その間に仕事をしてしまおうということである。

このあたり、糸子と勝の、職人としての仕事にかける意気込みと、親として子どもを思う感情の交錯を、うまく描いていたと感じるところであった。

この週のなかで、よく作ってあるなあと感じたシーンがある。生地屋の大将と、糸子、善作が、話をする場面。座敷での話なのだが、奧の襖が開けてあって、背景に部屋が見えた。そこに、縁側の廊下の窓から光が差し込んで、四角い明暗の影が浮かびあがる。別に、こういう場面は、その座敷だけで撮ってもいいようなものだが、画面の構図に奥行きがあって、落ち着いた雰囲気になっていた。そこで、金糸のはいった生地をどうするかという、金がらみの話をしている。こういうところを見ると、うまく作った映像であるなあと感じるところがある。

まだ、糸子は着物姿である。勝は洋服で仕事をしている。オハラ洋装店とはいっても、糸子をはじめ、中で働いている縫い子たちは、全員が着物姿である。

この週の最後で、勘助が戦争から帰ってきた。これまで、朝ドラでは、いろんな形で戦争を描いてきているが、私は、『カーネーション』の勘助のことが最も印象に残っている。

2024年11月23日記

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの名称の平仮名4文字を記入してください。

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://yamamomo.asablo.jp/blog/2024/11/24/9734165/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。