『おむすび』「就職って何なん?」2024-12-15

2024年12月15日 當山日出夫

『おむすび』「就職って何なん?」

だんだんこのドラマはつまらなくなっていく。もうあまり、いや、ほとんど褒めるところがない。いったい何を主軸にしたドラマを考えているのだろうか。

この週で、結の専門学校が終わることになる。ここまで、栄養士になるためにどんな勉強をすることになるのか、また、栄養士としてどんな仕事をすることになるのか、ほとんど描かれてきていない。ちょっとは出てきていたようには思うが、印象に残るものではなかった。

そもそも、栄養士になる過程を描く部分で、食品成分表のことが、これまでに一切出てきていない。台詞のなかにもなかったし、また、画面のなかにも映っていなかった。これは、どう考えてみても、基本中の基本だろう。これがなければ、作った料理や、考えたメニューに、どんな栄養価値があるのか、判断できない。

最後のところで、かつらむきが結が出来なかったものが出来るようになったと、台詞で説明があったが、ここは、調理実習の場面で映像として表現しておくべきことであったように思える。(ただ、番組制作のコストはかかることになるが。)

靴職人の渡辺もそうである。古い靴をつかって新しい商品にするのだが、そのときの仕事の様子がまったく出てきていない。アルコール依存症というべき渡辺がたちなおるきっかけは、やはり職人としての仕事にうちこむことを通じてであろう。このような場面は、きちんと描いておいてほしい。

翔也のことについても、野球のピッチャーとしての部分だけが出てきていて、他の選手のことが、全然出てこない。チームの仲間とのことや、会社(星河電気)の職場でのことなど、描いておくべきことなのではないかと思う。

しかし、悪いところばかりではない。

私が見ていいと思ったところは、中華料理屋さんでの翔也の「結婚すっぺ」の台詞。プロポーズのことばなのだが、これほどあっけらかんと、ラーメンを食べながらあっさりと言ってしまうのは、これはいい。世の中の人間の気持ちなんて、こんなものである。まあ、結のように、もっとロマンティックな状況設定を望む気持ちもあるにはちがいないのだが。

2024年12月14日記

『カーネーション』「薄れゆく希望」2024-12-15

2024年12月15日 當山日出夫

『カーネーション』「薄れゆく希望」

この週は、お葬式ではじまり、お葬式で終わったことになる。

父の善作の葬式を、糸子は盛大に(?)とりおこなう。おわりのところで、祭壇の前、横になったまま寝てしまっている糸子の顔を見ると、泣いている。父親を失った糸子の気持ちがうまく表現されていた。

戦時中の人びとの生活感覚というものを、このドラマは丁寧に描いている。特に、理想的な反戦平和主義ということではなく、日常の平穏な生活をなんとか取り戻したい、今の生活を維持したい、という素直な感覚が、おそらくあの時代の生活の感覚としてはあんなものだったのだろう、という雰囲気で伝わってくる。糸子は、はやく戦争が終わってほしいと思っているが、今日でいうような反戦平和主義者ということではない。

ミシンを供出させられないようにするために、軍服を縫うことになる。だからといって、糸子が軍国主義者で、大東亜戦争を肯定していたということにはつながらない。オハラ洋装店の仕事を守るためである。戦時中を生きた人びとのたくましさということを感じるところが多かった。

糸子にミシンの供出をせまってきたのは、国防婦人会の女性である。これは、朝ドラにおいて、ヒロインの天敵とでもいうべき存在である。ただ、この『カーネーション』では、その女性が自分自身の子どもを戦死させて葬列を歩いていた。このようなシーンは、他の朝ドラではなかったことかと思う。(ただ、歴史的には、国防婦人会というのは、それまで家庭のなかに閉じ込められていた女性たちが、どうどうと家の外に出て活動できるきっかけになったものである、ということにはなるはずなのだが。)

料理屋の吉田屋の奈津が、借金でどうにもならなくなって、夜逃げする。もし、ここで、吉田屋がなんとか残っていることになったら、その後の奈津の人生は、まったく違ったものになるはずである。その後の奈津の流転の人生を知っているだけに、この夜逃げの件は、印象に残る。

週の最後は、勘助の戦死だった。二度目の出征である。まだ、この段階では、勘助が最初の出征のときに、戦場でどんな体験をしたかは、語られることはない。それが明らかになるのは、戦後になってからである。そして、それは、このドラマにおいても、あるいは、歴代の朝ドラのなかでも、最も印象に残るシーンということになる。

まだ、この段階では、糸子は幼なじみの戦死ということだけでとらえている。

2024年12月14日記

『カムカムエヴリバディ』「1943-1945」2024-12-15

2024年12月15日 當山日出夫

『カムカムエヴリバディ』「1943-1945」

この週で、戦争が終わり、金太が死に、そして、稔の戦死の知らせがとどく。

金太が死んだときの放送は、印象に残っている。この放送が最初にあったとき、たまたま家にいる日だったので、八時からのを見て、そのまま「あさイチ」を見ていた。鈴木奈穂子アナウンサーのことも記憶に残っている。

見るのは二回目になるのだが、金太がひとりでバラックに残って、そこで少年の声がするあたりから、実に計算された脚本になっていることに気づいた。最初見たときは、かなりリアルではあるが、金太の幻想かなと感じさせる作り方と思って見たと憶えているのだが、その幻想のなかの算太の台詞が、細部にわたって考えたものになっている。なかで、安子が生きている、ということを言っていたのだが、それはそのとおりで安子は生きのこっていたことはたしかであるけれど、それを幻想の算太の台詞で言っていることは、後から考えて意味のあることになる。

玉音放送のシーンも印象的であった。アナウンサーが、ラジオを聞いている人に起立をうながし、君が代がながれ、それから昭和天皇の声が聞こえる。このような玉音放送のシーンは、あまり例がないと思う。これまで朝ドラでは、多くの玉音放送の場面を描いてきているのだが、ほとんどはラジオの昭和天皇の声を聞くだけの場面で終わっている。

ただ、いつも思うことなのだが、昭和天皇のことばを音声で聞いただけ、それもかなり雑音が多かっただろうが、これだけで、日本が無条件降伏したことを理解できた人がどれぐらいいただろうか。実際は、昭和天皇の玉音放送が終わってからのアナウンサーの解説とか、新聞とかの報道で、より詳しく具体的に知ったはずだと思う。だが、ドラマとしては、玉音放送でまとめた方が、より印象深いものになることは確かなのだが。

2024年12月14日記