「旅する獅子〜山陽・近江路〜」2024-12-20

2024年12月20日 當山日出夫

よみがえる新日本紀行 「旅する獅子〜山陽・近江路〜」

たまたまテレビをつけたら放送していたので、最後まで見てしまった。

私は、学生のとき、慶應義塾大学の文学部の国文で勉強したので、折口信夫につらなる芸能史ということには、いまだに関心を持ち続けている。特に、民間の旅芸人、門付けというような芸能は、興味がある。伊勢大神楽というのは、名前は知っていたが、テレビで映像として見るのは初めてかもしれない。

最初の放送は、昭和四七年(一九七二)である。この時代に、この芸能が残っていて各地を回っていたということに、まず驚いたというのが正直な感想である。私が高校生のころのことになる。この当時は、門付けした家からお米をもらうことが多く、それが大神楽の人びとの収入になっていた。(このお米をどのように換金したりしたのかは、説明がなかったのが残念である。)

それが、今(二〇二四)になっても続いている。国の重要無形文化財の指定も受けている。人数は半分ほどに減ったらしいのだが、それでも、各地を旅して芸能の仕事がつづいている。

芸能というのは、それを演じる人だけのことではなく、それを見るひと聴くひと、受容の側の人びとのことを考えなければならない。このことが、非常に強く印象に残る番組であった。信仰のあつい人は、神楽に涙をながしお礼を言う。こういう人のささえがあって、芸能は続いてきたことになる。

また、大神楽にたずさわる人もすごい。その芸能で、その場の空気を変えてしまう。そして、旅をするなかで成長していき、年に一回、めぐりあう人がその成長を確認することになる。こういう関係性が今の日本のなかに残っていることに、正直言って感動する。

東京大学で宗教学を研究していたが、この世界に飛び込んだ若者が映っていたが、たしかに、研究者の視点で見るとの、実際に旅をして芸能を披露するのとでは、まったく体験が異なるにちがいない。映像で見るその表情がとてもよかった。

いろいろと考えるところのある番組だった。

2024年12月17日記

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