『べらぼう』「吉原細見『嗚呼御江戸』」2025-01-13

2025年1月13日 當山日出夫

『べらぼう』 吉原細見『嗚呼御江戸』

このドラマ、今までのところ、脚本はいまいちだと思う。ストーリーの展開としては、面白いと思わない。しかし、映像がいい。特に、この回は、ものすごくいい。これまでの大河ドラマで、これほど映像の表現を追求したというのは無かったかと思う。前作の『光る君へ』では、五節の舞のシーンがよかったが、それをはるかにこえる凝りようである。

吉原での平賀源内と花魁花の井のシーン。これは、見事である。

大河ドラマというと、どうしても歴史ドラマなので、時代考証とか、その時代のもの考え方の描き方とか、こういうところに目がいってしまいがちなのであるが、『べらぼう』の場合、そういうことは、かなり無視しているが、それとは別に、今のテレビの画面で、どれぐらい魅力的な映像で見せることができるか、という方針で作ったかと感じるところがある。(やはり、これだけの映像を見るには、4Kで見た方がいい。別に宣伝するつもりはまったくないけれど。)

ドラマの筋としては、やはりちょっと無理をしているかなと感じる。吉原は、江戸時代を通じて、特別な場所である。悪所として、江戸の市中からは遠ざけられ、周囲を囲われた、別世界である。ここでは、世俗の論理や価値観が通用しない。この吉原で、「江戸っ子」というのは、どうなのだろうか。「江戸っ子」かどうかよりも、「通」であることを求める美学(といっておくが)の世界である。

「通」の対極にあるのが「野暮」になるが、これを、長谷川平蔵が体現して見せてくれている。「野暮」の役割をあたえられて、鬼平もちょっとかわいそうである。これから、ドラマの進行にあわせて、この「野暮」が「大通」へと変貌していくのかもしれないが。

平賀源内の男色を、非常に自然に描いている。この時代だから、ということもあるが、強いてタブー視したりせずに、そういう性的指向もあることを、ごく普通のこととして描いている。花の井の踊り、それに重なる、瀬川の踊り、それを見る源内の表情が、とてもいい。映像の演出の良さと、役者の表情、それから、おさえた音楽、これらがあいまって、抑制されてはいるが、きわめて官能的な表現になっている。おそらく、これまでの大河ドラマのなかでも、最高傑作といってシーンになるはずである。妖艶の美というべきである。

源内と花の井がどんなふうにしてすごしたかは、見るものの想像にまかされることになる。

江戸時代、日本における金と銀の価値の比率が、欧米諸国とは異なり、それが近世経済の大きな問題であったことは、知られていることである。

この時代、年貢がすべて米であり、それを換金して……というようなことであったと描かれていたが、江戸時代の年貢は、すべて米であったということはないはずである。~~藩が~~石という言い方をするが、これは、米に換算すればということであって、実際の年貢は、かなり多様なものであったというのが、おそらく今の歴史学のしめすところだろうと思っている。このあたりは、江戸時代の経済の実態をどう描くかは、難しいところかもしれない。そして、それが、幕末になって、幕藩体制の行き詰まりになるプロセスが、歴史的には問題になるところだろう。

国をとざして、と言っていた。鎖国ということになるが、近年の歴史学では、江戸時代を鎖国の時代とは見ていないはずである。鎖国というのは、明治になってから、江戸時代のことをふりかえって、そのような概念でとらえるようになったということだと、私は理解している。

やはりここは、この時代の商人……それも豪商……の考え方を、きちんと描いておいた方がいいかと思う。(だが、今の脚本の流れでは難しいかもしれないが。)

教科書的な歴史にもとづくと、田沼意次と松平定信が対照的に描かれることになるのだろうが、その政権の政策と、その人物像を、ストレートに結びつけるのは、どうかなと思う。個人の趣味や考え方と、政権をとったときの政策とが、微妙に違っている方が、むしろ、ドラマとしても面白いものになるはずである。

「吉原細見」を改版して、序文を平賀源内が書いたぐらいで、吉原に客がもどるとは思えないのだが、実際はどうだったのだろうか。そして、吉原に客が来るということは、女郎たちの仕事がきつくなるということでもある。

この回でも、「お茶をひく」を注釈抜きで使っていたが、このことばは説明した方がいいかもしれない。今ではもう一般にはほとんど使わないことばになっている。それから、花魁のわきにいる少女、「禿(かむろ)」だが、これもお稲荷さんの声で解説があった方がいいことかもしれないと思っている。

2025年1月12日記

ドキュメント72時間「多国籍食材店 ニッポンに生きる」2025-01-13

2025年1月13日 當山日出夫

ドキュメント72時間 多国籍食材店 ニッポンに生きる

東京の錦糸町ということだったが、こういう店も東京だから成りたつといっていいだろう。この店は、かなり古くから営業していて、おそらく東京に住んでいる、バングラデシュとかフィリピンなどに出自をもつ人たちには、知られているのだろうと推測してみる。

日本の国が、人口の減少傾向にあり、これはどうしようもないこととして、これから多くの外国人を受け入れていかなければならない。これは、わかってはいるが、具体的にイメージしづらいことかもしれない。

マスコミなどで登場する外国からの人びとは、基本的に何の問題もなく日本の社会のなかで暮らしている人か、あるいは、逆に犯罪者か、それとも、日本社会のなかで居場所をなくして困窮している人か……このような事例がほとんどといっていいだろう。このような場合の方が、ニュースとしても、ドキュメンタリー番組としても、作りやすいということは理解できる。

普通に暮らしている、多くの外国出自の人びとの生活感覚とか、その生活の有様こそが、一番重要なことであるとは思う。ただ、この場合、「普通」ということの意味する内容が、それを考える人によって、かなり異なるかもしれない。大学で教えていて、教室に留学生がいるのは、これも「普通」だが(私にとっては)、一方で、性風俗店ではたらいているのを「普通」と感じる人もいるだろう。

見ていて興味深かったことは、この店の商品の表示が、基本が日本語でカタカナであったことである。特に、外国語ということではなかった。これも、日本語以外の外国語として、何を使うかということになると、かなり難しい面があるのかもしれない。ある言語や文字はあるが、ある言語や文字は使わないということは、問題を生じかねない。すべての言語や文字を平等にあつかうことは、現実的ではない。(たとえば、日本の国内でも、地域によってはポルトガル語表記が必要な地域もあるかと思う。)

スマホの自動翻訳機能を使えば、日本語を知らない人とでもコミュニケーションできる。いや、これは、外国語どうしでも可能である。(これは、日本においての、外国語教育の意味を問いかけることになっているのだが。)場合によっては、店内の商品の日本語(カタカナ)をスマホカメラで撮れば、望む言語に翻訳して表示してくれる、読み上げてくれる……こういうことも現実に可能になる。いや、もう使われているかとも思う。

登場していたのは、バングラデシュとかフィリピンとかタイとかが多かった。ベトナムからの女性もいた。キューバ大使館の人が出てきていたのは、例外的といっていいだろうか。

バングラデシュというと、基本としてイスラムの国と思っているが、日本で生活するには、ハラル食品が不可欠であるにちがいない。そして、永住権があるということは、おそらく日本で死ぬことになるだろう。これらの人びとについて、土葬で葬ることについて、きちんとした議論が国内でなされているとは思えないが、これからどうなるだろうか。

特に選んで取材し、編集したということではなかったろうが、日本の会社員という人は、あまり出てきていなかった。この店にくる人たちは、いったいどんな仕事をしているのか、その全体像はどうなっているのだろうか。

かなり昔のことになるが、日本で働く外国人が増えだしたころ、東京に学会などで行って、学会の後、仲間内で居酒屋などに行くと、従業員が外国人という場合が多くあった。別に、差別的な感覚はいだかないのだが(言語の研究者はこういうところは一般に寛容である)、しかし、注文をちゃんと理解してくれたかどうか、心配になったことはあった(言語の研究者だからこそこういうところは気になる)。これも、最近では、デジタル機器をつかっての注文になったこともあって、気にならなくなった。また、働いている人が、外国人であっても、それが普通と感じるようになってきた。

それにしても、この店の商品は、いったいどういうルートで日本に輸入しているのだろうか。食品の輸入については、場合によってはかなり制約があったりするかと思うのだが、その輸入の実態ということが気になった。

2025年1月11日記

偉人の年収「マラソンランナー 金栗四三」2025-01-13

2025年1月13日 當山日出夫

偉人の年収 How much? マラソンランナー 金栗四三

この番組も結構ながく続いている。それぞれの回でとりあげる人物は、たいていの人が知っている人物である。それを、そんなに深く、その人生や時代背景を掘り下げることなく、このような時代にこんなふうにして生きて活躍した人がいたんだ、と短くまとめて見せるというのが、ポイントかなと思う。

大河ドラマの『いだてん』は見ていた。だから金栗四三のことは、憶えているけれども、ドラマの細部のことは、もう忘れてしまっている。(どうでもいいことだが、足袋屋の主人が、途中で配役が変わってしまったのは、憶えている。)

日本で最初のオリンピック選手ということもあって、金栗四三の映像とかは、かなりテレビで見た記憶がある。

京都の三条大橋のところには、日本の駅伝発祥の地、という記念碑があるのを知っている。ここ数年は、京都に行っていないけれど。箱根駅伝は、昔は、テレビでなんとなく見ていたのだが、ここ数年はあまり見なくなってしまった。

天邪鬼に考えると、どうも日本では、オリンピック選手というだけで、なんだか特別な存在としてしまいがちである。たしかに、オリンピックに出ること、ましてや、そこでメダルを取るということは、すごいことであることは理解できるのだが、マスコミが騒ぎすぎという気もしないではない。

二〇二一年の東京のオリンピックも、去年のパリのオリンピックも、時々テレビのニュースを見るぐらいで、そんなに関心をいだくことなく終わってしまった。オリンピックといって、印象に残っているのは、やはり一九六四年の東京オリンピックということになる。どのオリンピックが、どう印象に残っているか、ということは、その時の日本や世界の情勢を反映したものであることは確かなことである。

金栗四三や人見絹枝の名前は、これからも語り継がれていくことだろう。

2025年1月7日記