ETV特集「シリーズ 日本人と東大 第1回 エリートの条件 “花の28年組”はなぜ敗北したのか」 ― 2025-04-07
2025年4月7日 當山日出夫
ETV特集 シリーズ 日本人と東大 第1回 エリートの条件 “花の28年組”はなぜ敗北したのか
録画しておいたのをようやく見た。はっきりいえば、あまり面白くないというか、新たな知見や考え方が示されたということはなかった。
明治二八年卒業、東京大学法学部……厳密には、東京帝国大学法科大学だと思うが……のその後の人生をたどった、ということになっているが、実際には、浜口雄幸のことがメインだった。同期であった、幣原喜重郎のことは、ちょっと出てきただけだった。
帝国大学が、国家須要の人材の育成のために作られたものであることは、まあ、あたりまえのことである。また、明治のはじめのころであれば、いわゆるおやとい外国人という形で、外国人の教師がいたこともたしかである。このことについて、明治のはじめは、国際色豊かな教育が出来ていたが、その後、日本人の教師に変わってしまった、それがなくなった。そして、その延長で登場させていたのが、上杉慎吉というのは、いかにもできすぎたストーリーである。上杉慎吉を出すなら、美濃部達吉も登場させるべきだろう。
近代日本の教育制度、国家のエリートの教育がどうであったかを検証するなら、それで、また別の作り方があったと思うが、ただ浜口雄幸の個人のことで終わってしまている印象がある。
しかし、浜口雄幸のことを語ったというわりには、その人物像が明確につたわってこない。なぜ、議論を重視して、神のごとく正しくはないかもしれないが、凡庸であっても多数の常識にしたがうべきだ、と考えるにいたったのか、その思想の形成過程がまったく見えない。(これは、議会制民主主義の根本にかかわる議論になる。)
昭和にはいって、軍部の意見が強くなり、統帥権干犯問題になる。このとき、むしろ問題だったのは、政党間の争いでもあったのだが、これを、歴史的にどう考えるかは、難しい問題かもしれない。一般的には、統帥権をふりかざした軍部を悪者にすることが多い。その典型が、司馬遼太郎である。しかし、実際には、政党間の論争につかわれたという側面もある。これを使って攻撃したのは、犬養毅だった。昭和の軍部に視点をおくか、日本の政党政治史の視点で見るか、とらえかたは変わってくるだろう。政党政治史という観点では、井沢多喜男のことが重要になるはずである。
その後、浜口雄幸も、犬養毅も、非業の死をとげることになるのだが。
興味深かったのは、東京大学の文書館にあった、浜口雄幸と同期の学生の一覧。出自が書いてあったが、士族とあるものが多かったようである。この時代の高等教育を考えるならば、その学生の出自を考慮しなければならないだろう。社会的階層、出身地、いわゆる薩長の側か、それとも幕臣につらなるのか……こういうところの調査が必要になるはずである。
この番組、NHKと東京大学が共同で作ったようなのだが、あつかうべきテーマがばらけて、ことの本質が見えていないし、歴史観もあまりにステレオタイプにすぎる。
2025年4月4日記
ETV特集 シリーズ 日本人と東大 第1回 エリートの条件 “花の28年組”はなぜ敗北したのか
録画しておいたのをようやく見た。はっきりいえば、あまり面白くないというか、新たな知見や考え方が示されたということはなかった。
明治二八年卒業、東京大学法学部……厳密には、東京帝国大学法科大学だと思うが……のその後の人生をたどった、ということになっているが、実際には、浜口雄幸のことがメインだった。同期であった、幣原喜重郎のことは、ちょっと出てきただけだった。
帝国大学が、国家須要の人材の育成のために作られたものであることは、まあ、あたりまえのことである。また、明治のはじめのころであれば、いわゆるおやとい外国人という形で、外国人の教師がいたこともたしかである。このことについて、明治のはじめは、国際色豊かな教育が出来ていたが、その後、日本人の教師に変わってしまった、それがなくなった。そして、その延長で登場させていたのが、上杉慎吉というのは、いかにもできすぎたストーリーである。上杉慎吉を出すなら、美濃部達吉も登場させるべきだろう。
近代日本の教育制度、国家のエリートの教育がどうであったかを検証するなら、それで、また別の作り方があったと思うが、ただ浜口雄幸の個人のことで終わってしまている印象がある。
しかし、浜口雄幸のことを語ったというわりには、その人物像が明確につたわってこない。なぜ、議論を重視して、神のごとく正しくはないかもしれないが、凡庸であっても多数の常識にしたがうべきだ、と考えるにいたったのか、その思想の形成過程がまったく見えない。(これは、議会制民主主義の根本にかかわる議論になる。)
昭和にはいって、軍部の意見が強くなり、統帥権干犯問題になる。このとき、むしろ問題だったのは、政党間の争いでもあったのだが、これを、歴史的にどう考えるかは、難しい問題かもしれない。一般的には、統帥権をふりかざした軍部を悪者にすることが多い。その典型が、司馬遼太郎である。しかし、実際には、政党間の論争につかわれたという側面もある。これを使って攻撃したのは、犬養毅だった。昭和の軍部に視点をおくか、日本の政党政治史の視点で見るか、とらえかたは変わってくるだろう。政党政治史という観点では、井沢多喜男のことが重要になるはずである。
その後、浜口雄幸も、犬養毅も、非業の死をとげることになるのだが。
興味深かったのは、東京大学の文書館にあった、浜口雄幸と同期の学生の一覧。出自が書いてあったが、士族とあるものが多かったようである。この時代の高等教育を考えるならば、その学生の出自を考慮しなければならないだろう。社会的階層、出身地、いわゆる薩長の側か、それとも幕臣につらなるのか……こういうところの調査が必要になるはずである。
この番組、NHKと東京大学が共同で作ったようなのだが、あつかうべきテーマがばらけて、ことの本質が見えていないし、歴史観もあまりにステレオタイプにすぎる。
2025年4月4日記
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